Jul 25, 2008

二つほど 7/25

今日も今日とて二つほど?

一つ目。滋賀県の古刹で江戸期の「今後落書きはしません」誓約書発見(Yahoo!:京都新聞)。例のイタリアの件でもそうですが…落書き、というのはいつの時代でもあったんだなあ、と妙に納得してしまったお話ではあります。
どんな内容の落書きなのか記事中にはないのですが(まさか夜露氏苦とかそんなんではありますまい)やっぱり自分の名前とかなのかなあ、と。お寺という場所が場所ですんでそういうのは敬遠されるだろう…というのは現代の我々の感覚なのかも知れません。江戸期のお寺というのは単なる宗教施設ではなく戸籍登録所であり集会所であり相談所であり。庶民の出生から結婚から葬式まで全部お寺の「人別帳」で管理してましたから結構色々とお世話になる場所だったわけで。
…てことはそんな場所に落書きなんかするわけない…ですか。ある程度タブー?というか「触れてはいけない」ような場所ほど落書きてのは多いような気がしてるんですが。やっぱりお寺は今も昔も荘厳であるべき場所だった、ということになるのでしょうか…。

二つ目。ニュージーランドで「フラ・フロム・ハワイ」は少女の人名として不適格、改名を認める(CNN)…海外でもやはりあるんですなー…こういう珍名騒動てのは。
DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)
これ↑は日本の場合ですが。例えば当人も別に意識してなくて(意味合い的に「オイオイ」な名前でもなく)周囲も、まあ、認めてて読みがちょっとややこしい名前、とかならまだいいんですが…明らかに当人が嫌がってるようなら裁判起こすまでもなく改名OKとかにしてもいいんでは、とか思ってしまいますが。…あー…でもそれ認めると珍名と普通の名の線引きが難しくなりますか…。
記事によればニュージーランドは不快感を与えるような名前をつけるのを法律で禁止してるとのこと。日本の場合は名前用の人名漢字というのがあってある程度ブレーキにはなってますが、それでもひらがなやカタカナならつけることは可能ではあります。…あんまりなのは役所で受理しない、とそういう風になってると思ってたんですが。今は…どうなんだろう? ↑のサイト見る限りじゃ、なんだかそういうこともなく結構フリーになってきちゃってるのかな、とも思いますが。

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Jul 14, 2008

100年とちょっと経ちました

「何が?」と言うと…「ツングースカ爆発」から、です。ロシアはシベリア中部ポドカメンナヤ・ツングースカ川上流で1908年6月30日に起きた大爆発なのですが…いまだにナゾの多い爆発として知られています(CNN)
ツングースカ大爆発(Wikipedia)
なんせ100年経ってますから「隕石衝突説」「謎の天体落下説」「UFO墜落説」などなど様々な仮説が上がってきてるんですが…いまだに「コレ」というのがない、というのが実情でもあります。

「爆発」のあった地域、当時は「ロシア帝国領」でした。
ご存知のように今は「ロシア連邦」になってますけどその前は「ロシア共和国」でした(1992年「ロシア連邦」に確定)。その前は…「ソビエト連邦」で当時は世界有数の社会主義国家で、こっちもまた色々あったんですが主権国家としての完全独立は1991年(ちなみに格闘ゲームの草分け「ストリートファイターII」に出てくるザンギエフの出身、最初は「ソ連」で赤い国旗だったんですが…その後ソ連が崩壊、続編では「ロシア」で現在の国旗になってる、という…ゲームでナマの歴史を体感できたりしてたのですが)。
ではその前は、と言うとロシアは王政でした。最後の王朝をロマノフ朝と言い「爆発」があった時の王朝でもあります。その「爆発」の3年前の1905年にはすでに労働者のゼネストも起きてましたが…第一次大戦中の1917年にニコライ2世が退位して革命成立、「ソビエト連邦」となってその後1991年まで社会主義国家として運営されていくことになります…。

さらに1904年には日露戦争などもあったりして。1908年というのはそういう国家レベルでの混乱がたくさんあった頃ではあるわけです。…そんな時に大爆発があったからと言ってわざわざシベリアまで調査なんかに行けるか、という状況だったんでしょうか…。
結局本格的な調査は1920年代、つまりはソ連としての国情も安定してきた頃になってからでした。もっと早くなんとかならんかったんかなー…と。
…まあ、今さらそういうことを言っても始まらんわけですが。世情に影響されない事象なんてあるわけもないですし。ただ…なんかもったいないなあ、と。きちんと直後に調べていたらとんでもない発見なんかがあったかも知れないと思うと、ちょっと。
しかし。それも部外者の勝手な郷愁ではあります。爆心地に最も近い町では100周年を記念してイベントやるみたいですが…「いん石の破片やら宇宙人らを探すのはもうやめて、天然ガスや石油でも掘ってくれたらいいのに」(「」内↑元記事より引用)てのが現地の人の本音のようで。
たしかになー、そっちの方がいいよなあ…もう100年も経っちまってるんだしなあ…そろそろいい区切りなんではないかい? と、まあ、なんだか住民の気持ちも分からんでもないなあ、とか思ってしまったりして…。

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Jun 20, 2008

気ままに旅する

そういうのが望みだったようで…。
江戸時代の天文・測量学者で詳細な日本地図を作成した伊能忠敬の問答の記録が見つかる(iza!)。本当に詳細な「大日本沿海輿地全図」をほぼ実測(自分で日本全国を歩いて…仕上げ前に亡くなってしまいましたが)して作られたことでも知られています。

この地図、実は完成したはいいけど当時の幕府にとっては「最高国家機密」扱いとされ、実際に公表されて日本人が自国の姿を目にすることができるようになったのは明治時代に入ってから、なんだそうですが…。
今のような技術のない時代です。どうやって地図作るか、と言えば実際に自分が歩いて海岸線の距離を測り、山の高さを測り、街道の長さを測るしかありません。忠敬は自分の歩幅が一定になるようにクセをつけていた…なんて話もあるほどではあります。
さらにこの方、家業の関係で学問に打ち込んだ時期が遅いことでも知られています。…そもそも「師匠」となった幕府天文方高橋至時は10も年下であり(忠敬51歳の時に師事)しかも先に死なれる、ということにもなっています。…それまでも天文や測量を独学では学んでおり、全くのド素人がいきなり全国測量なんかやったわけではないのですが(伊能家だって国学者出してる家でもあります…忠敬は養子ですが)それにしてもその執念と言うかやる気というのは素晴らしいものがあります。何せ今より平均寿命は短いご時勢でしたし。

この地図は彼の死後に「シーボルト事件」という多数の知識人が処罰される事件に深くかかわってしまう(しかも師匠の高橋家は断絶)のですが…運命とは異なもの、と思わせてしまうものではあります…。

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May 29, 2008

ユメぶち壊し

と言うか真実なんてそんなもん、と言うか。なんだかもったいない?ような気もしますが。

以前5/10に「二つほど」でちょろっと書いた「水晶ドクロ」ですが。あれはフランスのケ・ブランリ美術館蔵のものでしたが…19世紀に作られたニセモノということが判明してしまいました。…今度はスミソニアンと大英博物館にそれぞれある「水晶ドクロ」もニセモノではないか、という疑惑が持ち上がってます(Technobahn)。これで世界にあるうちの3コは「ニセモノ?」となってしまったわけで…まだ他にもいくつかあったと思うんですが…そっちの方も調査のメスが入るんかなあ、そっとしといた方がいいんかなあ、とか思ってしまったりしてます。

その他にもジェームズ・マディソン米4代大統領に贈られた「隕石製ピストル」、実は…(Technobahn)
これは決闘用に二丁が一組になったピストルで、隕石でできている、もしくは銀製である、ということだったようなんですが。英オックスフォードシェアの粒子加速器(ISIS neutron source)まで使って解析した結果そのどちらでもなく実は東南アジア辺りでよく見られる粗悪品だった、と。
その後ジェームズ・モンロー米5代大統領にまで引き継がれたピストルではあるのですが…。
「いったいどういった経緯で、安物のピストルが隕石製のピストルということになり、果ては米国大統領にまで寄贈されるまでに至ったかに付いては不明だと述べている」(「」内↑元記事より引用)
…こりゃあ、ミステリとかそういう系統の話になりそうではあります。
なお、某アニメでもおなじみの隕鉄あるいは隕石で打った刀、というのは実在してるらしいんですが…実際は強度が足りなくて実用向きではないとかそんな話をどっかで聞いたような。…現存、してるんだろうか…?

いかにも、というオーパーツの類もそうなんですが、今まで詳細不明とされてきたモノがこうやって科学的に解明されていく…てのは一種の達成感みたいなもんもあったりするんですが…逆に罪悪感のようなものも漂ってきてしまいます。いや、そこまでやらんでもいんじゃないのかな、とか。
これが詐欺とか誰かをだます目的とかで語られたもんなら徹底的にやったれ、とか思ってしまうのですが。
…謎は謎のままの方が美しいのかなあ、と。水晶ドクロも隕石製ピストルも「それはそれでこういうもん」と、そっとしておいたらそれが真実になってたわけですし…。

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May 10, 2008

二つほど 5/10

ちょいと長めに二つほど。

一つ目。聟島(むこじま)に移送のアホウドリのヒナ、もうすぐ巣立ち(iza!)。これは国の天然記念物でもあり絶滅危惧II類にも指定されているアホウドリ、これの保護のために鳥島から聟島へ10羽のヒナを移送する計画があって…その経過ということになります。

ご周知の通りアホウドリは1949年に一旦「絶滅宣言」が出されたものの二年後に鳥島で再発見される…という劇的な復活?を遂げた鳥でもあります。…絶滅の原因は人間が乱獲した、というのが一番大きいです。名前の通り地上では重い体を持て余すことが多く大量に殺されて羽毛を採取されていきました…。
海上に出ればその長い翼で悠々と長時間飛び回ることもできるのですが。
そのため繁殖地は離島のような地に限られてきました。人間だけではなく他の動物…例えば犬や猫の類であるとか。ネズミの類ですら卵の脅威になり得ます。火山島である鳥島はそういう意味でも繁殖地に適していたのですが…それが裏目に出るのではないか、という危惧もつきまとっていたわけです。

現在、アホウドリの大きな繁殖地というのは切り立ったガケの下、さらに傾斜地になってる場所なんだそうで。こういう場所だから「復活」できた、人間に見つかることもなかったのでは…とされていますが「傾斜地」のため卵が転がり落ちることもあり、別の候補地への誘導(デコイ:模型を使った誘導)も進んではいます。が、何より鳥島は火山島なので噴火してしまえば何らかの影響が出るのではないか…という懸念も。そこで噴火の心配のない聟島への移送が計画された、と…。
アホウドリてのは自分が育った場所へ戻ってきて営巣する習性があります。聟島でのヒナが育ってそして聟島で繁殖していってさらに数を増やしていけば…と強く願っていますが…さて。

二つ目。水晶ドクロ、まがい物と判明(iza!)…有名なオーパーツの一つでもある「水晶髑髏」なんですが。アステカ文明の栄華の極み、と言うかなんでこんなのが当時作られたなんだろう、ということで世界の謎的にも紹介されることもありますが…。
世界にはいくつかコレがあって、そのうちフランスのケ・ブランリ美術館蔵のものは16世紀のアステカどころか19世紀末くらいに作られたものだ、となってしまったわけで。…他のやつはどうなんだろう、とは思いますが。
…まあ、こういうのははっきり「まがい物だぁ」と言われるよりもその過程を愛でる、というかそのナゾめいた存在感を楽しむ、というか…無理に現実に引き戻さなくてもいいんではないかい? ってのはちと言いすぎですか…。
それでもああいうのが本当にあり得ない時代に造られたのかどうか、ってのにも実は興味あったりしますし。その辺のアンバランスさと言うかいいかげんさが人間の性なんかなあ、とも思ってしまいます。

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Apr 29, 2008

三つほど 4/29

「サイエンス」「生き物」「歴史」で三つほど。

一つ目。マレーシアで遺伝子操作した「蚊」の自然界放出を計画中(Technobahn)
これは何が目的か、と言うと…蚊の撲滅です。遺伝子操作によって純然たる「不妊オス」を作り出して在来のメスと交配させる。できた卵から生まれた幼虫(ボウフラ)はもれなく死滅する…というものです。一部、というより柑橘系を荒らすミバエでは放射線などによって「不妊メス」を作り出して駆逐する、というのはこれまでも行なわれてきてます。が、遺伝子操作してまで…というのは前例がなく。…大丈夫なんだろうか、と、ちと不安になってしまいますが…。

二つ目。「一個5000円」のタネなしビワ、初出荷(iza!)。↑の遺伝子操作とは違ってこれは品種改良の成果の賜物ではあります。
ビワとと言えば真ん中に大きなタネがごろごろと入っていて、たしかにコレがなかったらどれだけ実が増えるんだろう、とか思ったりもしましたが。…それでも個人的には特に邪魔だなあ、と思ったことはないんですが。でもこれはこれで食べてみたいような気もします。味や香りも良い、とのことですし。…でも高いなあ…5000円あったら普通のビワが何個買えるんだろう…。

三つ目。インカ文明で見られる「頭部穿孔」は呪術的な意味ではなく高度な外科手術の跡(Technobahn)。某三つ目漫画では第三の目の跡、とやってましたが…実際は手術の跡ではないか、と。
昔々の文明となるとなんだか現代よりも劣っているんではないか…とかそういう風に思われがちですが、尺度が違うと言うかなんと言うか。ある部分においては現代より劣っていてもある部分においては現代より勝っていたりします。逆にこういう技術を現代でも応用して、というのは一つのやり方でもあるのですが。

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Mar 30, 2008

コシヒカリの祖先は…

実はあんまし美味くなかった、というお話。
日本で最も人気のあるコメの品種「コシヒカリ」のDNAを調査した結果、粘りのもとは「愛国」という品種に由来(@nifty:毎日)している、ということが分かったとのこと。「粘り」というのはご飯として炊いた時に重要視される要素の一つで…特に日本では粘りのあるコメの方が人気があります。
大まかには粘りのあるジャポニカ種、さらさらしているインディカ種、と分けることのできるコメの系統なんですが。逆に言えば、やや細長いカタチをしていて粘りのないインディカ種を愛好する方たちにとっては粘りのあるコメなんて…と敬遠されてしまったりするんだそうで。他の美味い要素である「匂い」も結構国によって意見が分かれることもある…んだとか。その辺は、まあ、たしかに色々あるもんではあるんですが。

ところで…記事中に、ちょっと気になるコトが載っていたので調べてみました。『昭和初期にまずいコメの代表格とされた「愛国」に由来』(『』内元記事より引用)…て、「愛国」てのは一体どんなコメだったのかな、と。
Google検索:米 愛国 酒
…基本的に酒米だったんかー…そりゃ、あんまし美味くはなさそうだなー…と。
酒米(Wikipedia)

あくまで一般論なんですが、酒造りに使われるコメは不味い、ということになってます(愛国は酒造好適米てわけじゃないらしいんですが)。これは含まれてるタンパク質の量だとかが「食って美味い」てのと「酒造りに適してる」のとは方向性が違うからなんだそうで。普通に炊いても美味くないんですが酒造りには最適、とされるコメの品種もある、ということです。
逆に食って美味いからってそのコメだけで造った酒が美味いか、と言えば…どうなんでしょうね。
こないだ読んだマンガ「もやしもん」には「お酒の原料はだいたいがそのものは味が悪いモノだけど」(「」内は講談社刊もやしもん第6巻P187より引用)というセリフもあったりして。…あ、なーんか分かるなあ、と思ってしまった次第ではあります。
…無理にねじ曲げたりしないで、適した方法で賞味した方が作った側も食べる側も食べられる側も良い結果になるんではないかい? と思うのですが…さて。

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Mar 27, 2008

ちょっと見てみたい

気もします。どんな風に動くんだろうか、とか。
1917年(大正六年)に公開された日本で二番目に古いとされるアニメ映画「なまくら刀」修復、公開へ(Yahoo!:産経)。これは「現存している最古のコマ撮り式」アニメ映画、ということになります。これより5ヶ月前に「芋川椋三玄関番の巻」というのが上映されたそうなんですが、こちらのフィルム存在は未確認とのこと。
映画と言っても2分程度の作品だそうですが。よく残ってたもんだな…てのもありますが、修復した、てのもある意味すごいような。90年も前のモノで…いや、現代の技術にも通じる何かがあるのかも知れません…フィルムにも内容にも。
幸内純一(Wikipedia)

元々「アニメ」とは何か、と言えばラテン語で「魂」などを意味する「anima」から来ており、それが「animation」となって日本へ来て「アニメ」になった…と。これは静止している画に「魂」を吹き込んで動画にする、といった意味合いではないか…と思われます。
まあ、フツーに観る分にはどーでもいい話ではありますが。
今でこそそれなり?の市民権を獲得しているアニメやマンガですが。一昔前にはあんまりいい目では見られてませんでした。「子供向け」というイメージは、まあ、背景が背景ですんで(少年向けマンガをアニメ化というのは一種王道でもあります)ある意味当然なんですが「あんなくだらないモノ」という目で見られることも多かったわけです…って、今でもそうか。

↑の短編アニメ映画が上映された時の反応、てのはちょっと分かりませんが。
それでもマンガとは切り離せないのがアニメでもあります。そのマンガも大正や明治の頃、というのは今のようなストーリー仕立てのマンガよりも例えば新聞の風刺画のようなマンガとか。あるいは大衆向け小説の挿絵の類であるとか。そういったものが多かった…という話を聞いたことがあります。これは「鳥獣戯画」辺りから江戸期の「八犬伝」や葛飾北斎などなどへ続く「文字と絵画」の表現方法へと連綿と続いてきた流れの一つではないか、と個人的に思っております。その延長線上に現代のマンガもアニメも、あるいはゲームですらあるんではないか、と…。
もちろん「文字と絵画」というだけではなく「鳥獣戯画」の動物の生き生きとした滑稽さとか「八犬伝」の絵入りで魅せる技法とか。そういうのも受け継がれてきてるわけで…簡単に「くだらねえ」と無視はできないと思うのですけれど…どうでしょうね。

…そういう「経過点」でもあり「原点」もあるような90年前の作品なんですが…公開される、とのことで。…どうしようかな、行ってみようかなあ…来月。こういう機会を逃がすともう会えないかも知れないわけですし…。

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Mar 17, 2008

クマが有罪

マケドニア。はちみつを盗んだクマに有罪判決(Yahoo!:REUTERS)…とは言っても野生のクマなんで罪をつぐなえるはずもなく。かわりに国が罰金を払う、という判決になった…と。
こういうのをどっかで聞いたなあ、と思ったら「動物裁判」というのが中世ヨーロッパの記録には残ってます。文字通り被告は「動物」で、ジョークでも何でもなく大真面目に裁判やってたんだそうで…被告に弁護士がつくケースもあったんだとか。
動物裁判:Google検索結果

現代の我々からしてみれば「何遊んでんだか」とか思うかも知れませんが。でも、まあ、こういう「考え方の違い」てのは歴史上いくらでも出てくるものではあります。現代では何気ない行為が百年ほど前ではとんでもない行為だったり、あるいはその逆とか。数百年も経ってしまうとさらにその差は広がっていったりもします。
当時では常識であったんでしょうか…動物が裁判にかけられる、ということが。
そう言えばドリトル先生シリーズにもそんな話があったような。あれはイギリスのお話ですが、犬が証言者席に座る…というくだりが。もちろん犬は人間の言葉はしゃべれませんので、ドリトル先生が通訳をする、というもので。でも検事はそれを信用しなくて、じゃあ、まずは検事の飼い犬でテストしてみようか…とかそういう感じでしたか。

一方で…この「動物裁判」、現代では一部復活してたりします。…森林伐採の被告として「樹木」が出てきたり、あるいは絶滅寸前の動物が出てきたり。あるいはペット関連の裁判ですとか。ただ、日本では人間以外が訴えを起こすことはできないので裁判になる前に却下されますけども。

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Mar 16, 2008

ある告白

今頃になって…という観も強いのですが。でも、当人にとっても関係者にとっても辛かった数十年ではないか、とは思いますが…。
「サンテグジュペリを撃墜したのは私だ」元ドイツ空軍パイロットが証言(Yahoo!:読売)。「星の王子様」や飛行機モノで有名なフランスの作家・サンテグジュペリですが。第二次大戦末期に連合国のロッキードP38ライトニング(胴体が二つある特徴的なカタチ)の偵察型F-5Bに乗っての偵察任務中にその消息を絶ち行方不明…とされています。
こないだその機体ではないか…とされるものが海中で見つかって、引き揚げ作業が始まったりしていますが…。

それでも、実はこういう「最期がよく分からないケース」というのは結構あるものではあります。日本だと坂本龍馬とか。慶応3年11月15日(1867年12月10日)に京都の近江屋で陸援隊の中岡慎太郎ともども暗殺されましたが…この事件の主犯?はいまだに謎とされています。…「私がやりました」と元見廻組隊員・今井信郎が明治になって告白しましたが…これも本当なのかどうか、現在でもあれこれ憶測が絶えない案件ではあります。
しかし…もし本当に今井氏がやったとして…後の明治になってから告白した、というのは↑のホルスト・リッペルト氏と同様に苦しんだのかなあ…どうなんだろうか。

サンテグジュペリに関しては箱根に「星の王子様」のミュージアムがあったりして。世界的にファンも多いんですが、飛行気乗りだった作者らしく他にも飛行機モノの小説も出しています。
…実は「星の王子様」って、通しで全部読んだことがない、という…エセファンではあります、自分。逆に飛行機モノの小説の方は読んだことあるんですが。かなり細かい描写までされてあって、さすがは飛行機乗り、と妙な感心してしまったのを覚えてます。

それにしても…、「あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった」(「」内↑元記事より引用)てのは…哀しいものがあるもんではあります…。

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Mar 04, 2008

ンな昔のことなんか分かるかよ

…と言ってしまえばミもフタもない、ですが。
織田信長が壮烈な最期を迎えたことで知られる「本能寺の変」、舞台は寺の建物ではなかった?(Yahoo!:産経) …実は本能寺境内に別に宿泊施設を作って、そこで寝泊りしている時に明智軍に急襲されたのではないか、とのこと。つまりはドラマや時代劇などでよく知られる「炎上中の本能寺で矢尽き槍折れるまで戦ったが…」というシーンはあり得ないのではないか、ということになるんですが…。
まあ、どっちでもいいんではないか、という気もしますが。「本能寺で信長は最期を迎えた」というところまでは変わらないようですし。

歴史、というのは結構興味深いもので。
はっきりした証拠や証人がまだまだ残ってる近代史ならともかく(それでも人によって解釈がバラバラだったりするんですが)江戸期や戦国時代、さらに室町平安…となると残ってるのは誰かが記した書物やかすかな物的証拠くらいになってきます。…そうなると「本当に本物の」事実なんてのはなかなか出てこなくなってしまいます。
人間の記憶なんてのは実は結構曖昧なものではあります。主観ゼロの人間なんて古今東西存在してません。
そういう人間が記したり残したりしてるわけですから…100%客観に基づいた資料、なんてのが出てくるわけもなく。仮に出てきたとしても判断する側も100%客観のみで、なんてのは不可能。そのため事実とはかすかな「ズレ」が生じてしまってそれがさらに後世に伝わってさらに「ズレ」が広がっていく…。

でも、ま。そういう「ズレ」まくった歴史というのが良くないというわけではなく。逆にそういうのが歴史の本道なんではないかな…と個人的には思っておるわけであります。
主観が入りまくって「ズレ」た資料。でもそれが複数出てきた場合は…その「ズレ」からまた違った姿も見えてくることもあります。もちろんそれは「正しい」見方ではないのかも知れませんが…それもまた「真実(事実ではなくて)」であるのでは、と。本当に本物ではなくてもある意味「正しい」歴史になるんでは…と。

信長の本能寺にしてもあそこで最期、ということになってますけど「もしかしたら生き延びてたのでは?」的な説もありそうですし。そういうのも色々見ていくとまた違った「歴史」が楽しめるんでは…と。

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Feb 22, 2008

ねこー!

今日、2/22は実は「ねこの日」なんだそうで。これは「猫の日制定委員会」が公募して1987年に制定(主催はペットフード工業会)とのことで…「222」が「にゃんにゃんにゃん」と読めるから、なんだそうではあります。
ペットフード工業会
ということで各方面でも色々とイベントなんかもやっていたそうで…「ネコ」関連の雑誌を購入した方にキャットフードをプレゼント(Yahoo!:市ケ谷経済新聞)なんて企画もあったりしました。

以前にもちょろっと述べましたが、猫てのは犬とともに人間とは関わりの深い動物ではあります。
有史以前から人間てのは幾種類もの動物を飼い慣らしてきました。その目的は様々で、食用から運搬用や狩猟用など色々あります。どういう経緯でそれぞれの動物を飼い慣らしていったのか…てのは諸説ある上にその種によって違ってくる場合が多いので一概にこう、と言い切れるもんではありませんが、それでも人間に足りない部分を補ってもらおう…という願いがあったのは違いないようではあります。
馬はモノやヒトを運び、牛は乳や肉を提供してくれる。
犬は元々は狩猟用や警備用だったのではないか、とされています。人類がまだあちこち放浪する生活を行なっていた頃からの良きパートナー。群で行動するので飼い主をリーダーとして認識させてしまえばあとは従順に言うことを聞いてくれる。しかも品種の改良ができるのでより目的に沿った犬を作り出せる。…もちろん、これは長い長い年月をかけていった結果、なわけで。犬の原種とされているオオカミには例えば「従順さの芽」はあっても犬のそれとは大分違う…とかそういう話だったりします。

一方で猫はどうなんだ、と言えば…これは人間が穀物を栽培し始めて、定住するようになった頃からの付き合いではないか、とされているんだそうで。定住して田畑作るようになると穀物を貯めておくことができるようになり、生活が安定してきます(そのため貧富の差が生じてうんぬん…てのもありますけども)。が、その貯めておく穀物てのは他の野生動物から見れば奪いやすいエサにすぎない。…特にネズミなんかがそういう「害獣」となってしまうわけで。そこで猫を飼ってネズミなんかの小動物退治に使おう…ということだったんではないか、と。
しかし猫は犬とは違って品種の幅があまり広げられなかったようで。犬は大きさ一つとっても相当な違いがありますが、猫は…あんまり差が出ない家畜なのではあります。

ちなみに「犬の日」は11/1で、これは「猫の日」と同時に作られたんだそうで…由来はもちろん「ワンワンワン」…別に1/11で11/11でも良かったんじゃ…とは思いますが。
なお「戌の日」となるとこれはまた別の日で。妊娠5ヶ月頃の「戌の日」に帯(岩田帯)を巻いたり安産を祈願する、というもので…犬が多産で安産なのにあやかる意味もあるんだそうではあります。
安産を祈る!2008年戌の日カレンダー(All About)

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Jan 03, 2008

Uターン2008

と、言うことで(?)お正月も三が日ラストとなり…いわゆる「Uターンラッシュ」が始まっております。
Yahoo!国内トピックス:交通情報
…昔はそれこそ60キロの渋滞とかあったんですが、最近はそうでもなく。昨日ちょろっとテレビのニュース見た時には30キロくらいは予想されてましたが…実際はどうなんでしょう。コレ書いてる時点(大体16:00)でもすでにあちこちで渋滞が始まっているようですけども。
さらに空の便から鉄道、と。今日がピークで今週末ほどまでこの混雑は続く、とされています。

渋滞が短く、でも混雑の期間が伸びて「薄く長く」なったのは、一つには休暇のとり方が変わったことがあるんだそうです。
昔々…江戸期から明治期辺りだと商家への奉公、なんてのがありました。子供の時分から「丁稚(でっち)」という使い走りのような役割で働いていたわけです。大変に厳しいものだったようで、しかも住み込みは当たり前。実家に帰れるのは盆と正月のみ、それも最初の数年は里心がつくから、と帰してもらえなかった…という話もあります(これを題材にした落語もあります「薮入り」)。
で…時代が下がって大正・昭和。今度は地方から都会へ…という人の流れができていくようになります。地方から働きに出てきた人たちが帰れるのもやはり盆と正月。他の時期に休みがとりにくい時代なので(いや、今でもそうか…)この時期に休みが集中。みんな地方へ帰るので年末前に「帰省ラッシュ」が、年始後には戻ってくるので「Uターンラッシュ」が始まるようになりました。

ところが昨今はまた事情が違ってきてるようで。
休みを分散させるところが出てきて「じゃあ、正月は無理だけど四日には帰れるから」と、そういう人も増えてきてるわけで…そうなると苛酷だったラッシュも緩和されてくるわけです。
…また少し時間が経つとまた事情が変わってくるのかも知れません。が…実家に帰って皆に会う、という目的だけはなかなか変わらないもんなのかも知れません…。

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Sep 20, 2007

ようやくと言うか

なんと言うか。宮内庁が明治天皇陵と神功皇后陵への立ち入り調査を許可する方向で検討中(iza!)。これまではまず認められることのなかった「陵墓への立ち入り調査」ですが。今年の1月に宮内庁が内規を改定、そういう申請があれば検討して許可することもある、というようになった…と。

例えば、有名なとこでは仁徳天皇陵という面積では世界でも最大規模の墳墓があります。が…これは「伝」仁徳天皇陵なわけで。ここにこういう方が埋葬されたらしい…という話が伝わってる状態なわけです。資料から見れば間違いないんだけど…実際に調査してみたらどうなんだろう? という疑念?があるにはあるような。…古墳のほとんどが(全部が全部じゃないんですが)発掘や調査されずに丁重に残されているのが現状でもあります。
実際に調査できたらどれだけの真実が出てくるのやら…。

しかし。モノは現在も存続してる皇室に深く関係してくるものではあります。そうむやみやたらと掘り返したりできるものではありません。不敬、とかそういうのの前に感情的にどうか、と。自分のご先祖様の墓を後から開ける、というのは…どういう気持ちなんだろうか…。天皇家というのはほぼ間違いなく直系の先祖が分かる家系ですんで、墓にはほぼ間違いなくその方が入っている、という可能性が非常に高いことになります。学術的にはもちろん貴重なんですが、感情的にはなんだか複雑なものがあります。なんだか見世物にされてるような。

…でも過去の正確な歴史を知りたい、という欲求はやはり誰にでもあるわけで…しかも今までまず許可されることのなかった調査が、限定的ではありますけどできるようになる、てのは期待も大きくふくらんでしまうのですが。…何せそういう調査ができなかったせいか、かなーり怪しい諸説が飛び交っているのもまた現状なわけです。そういうのを整理してみたいなあ…とか。
ただ、こういうのは即座に結果出るもんではありません。今回の調査にしても、もし許可が下りたとしても開始は来年以降。結果とかそういうのが出るのはさらにその後。そして研究の結果は…となると…数年で何か新発見があればそれはとても早いことになるんじゃないのか、と…。

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Sep 04, 2007

ネコがいた

兵庫県姫路市の古墳時代の遺跡。そこから発掘された6世紀末~7世紀初頭の須恵器にネコのものらしい足跡が(iza!)…うつわの内側にそれっぽい足跡があった、とのことで。焼く前のやつにイタズラか何かで踏み込んでしまったんでしょうか…。
定説?では現在の日本の猫は8世紀頃渡来人が持ち込んだ、ということになってるそうで。それをも覆す珍しい発見になるかも、とのことではあります。
なお…須恵器(すえき)とはそれまでの土器である土師器(はじき)とは違い、青く締まった焼き物です。土師器は野焼きといって屋外の火の中で焼きますが、これだと温度が上がらず(500度~800度程度)強度に問題がありました。しかし須恵器は大陸から伝えられた技法によって窯を築いて焼くため温度が高く(1100度以上)、丈夫な焼き物となります。
須恵器:Google検索結果

一方でネコ、というと…今世界で「ネコ」といってる動物の起源は…リビアとかその辺でしたか。もちろん世界各地にはそれぞれの地独特の「ネコ」がいます。例えば日本ならイリオモテやツシマのヤマネコ。これらが↑のネコとどっか関係あるのか…というと…よく分からんような。まだまだはっきりとは解明されてない、と思います。イヌだって似たようなもんですが。はっきり「コレがイヌの原種だ!」てな動物はまだ確定されてなかったような(イヌの原種はいくつかある、てな説もありますが)。
結構身近な動物でも謎がたくさんあったりはするもんではあります。

須恵器は貴重な品だったのか有力者の墓に副葬品として一緒に葬られることが多かったそうですが…↑のネコの足跡付きの須恵器は「ネコ好きの権力者のために造ったんでは?」という声もあるんだそうで…。

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Aug 01, 2007

二つほど 8/1

「生き物」で二つほど…。

一つ目。南硫黄島で新種の陸貝4種発見(Yahoo!:時事)。東京都が世界遺産入りを目指している小笠原諸島の一つになります。
進化の小宇宙:小笠原のカタマイマイ
元々固有種の多い小笠原諸島ではあります。植物にも動物にも和名のアタマに「オガサワラ」とつくものがどれだけいるのやら。
そもそもなんで「小笠原」か…というと小笠原なにがし、という人物が発見した…というあんまりアテにならない話もあるんだそうですが。それでも江戸期にはすでに知られていて「無人島(ブニントウ)」なんて名前で呼ばれていました。…林子平の「三国通覧図説」という本にこの島のことが載っているのですが。実は林子平よりずっと後にペリーが来航して所有権が問題になった時(その頃小笠原諸島にはイギリス人も在住)に、いや、外国にもその名が知られている…という証拠で出されたのがフランス語版・三国通覧図説だったとか。
実はペリーもその本のことを知っていて、交渉で揺さぶりをかけるために使ってみた…とかなんだか外交の難しさを今でも伝える話にもなってたりします。
今の小笠原はもちろんれっきとした日本領なんですが…↑固有種は忍び寄る外来種の影に少しずつ侵食されているのが実情ではあります。

二つ目。46年ぶりにコウノトリのヒナが巣立ち(Yahoo!:読売)…ついに、という観があります。
今後定着していくんだろーか…結局全滅てなことになったら…とか結構ネガティブなことまで考えてしまうのですが、それでも馴染んでいって欲しいなあ、と。単純にそう考えたいのが本音ではあります。…次はトキだ…てのは…さすがにまだ無理ですか、やっぱり。

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Jun 28, 2007

二つほど 6/28

気になり続けてる?ことを二つほど…。

一つ目。石見銀山、世界遺産に「逆転」登録(Yahoo!:読売)…以前「銀の出る山(07/05/13)」のところでちょろっと書きました石見銀山。「登録延期」だったのが逆転、登録されることになりました。人の手による「産業」を柱とした「産業遺産」としては日本初になります。
…当初は難しいのかな、とは思ってたのですが。
↑記事中にはそこまで詳しいことは載ってませんが、色んなとこでの綱引きや駆け引きがあったんでは…と勘ぐってしまったりして。世界的に知られている…とかそういうことだけではありますまい、登録されるということは。「産業」というとどうしても各国とか団体とかの思惑も大きく絡んできてしまうのではないか…と。そこまでは考えすぎですか…。
それでも歴史好き・時代劇好きにとっては嬉しいもんではあります。これによって多くの人にその名が知られることになるのですし。

二つ目。奄美地方、梅雨明け→平成19年の梅雨入りと梅雨明け(速報値:気象庁)
沖縄に続いて奄美地方も梅雨明けとなりました。時期的には大体平年並みといったところのようなんですが…問題は降水量ですか。今年は太平洋高気圧がどうも弱いらしく、梅雨前線が思うように北上できない、という状況になってます。…そのせいで梅雨前線が南に停滞してしまうので南の地方は雨が降ってるのですが…。
北の方、つまり本州や中国四国は空梅雨状態になってます。この分だとやはり渇水が心配ではあります…。

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Jun 06, 2007

やや不謹慎(自分が)

…最初聞いた時はシャレかジョークかと思ってたんですが。
アメリカのオハイオ州にオープンした「天地創造博物館」で聖書の観念を科学的?に証明(FNN HEADLINES)…と、そういう展示をしているとのことで。
…別にどういう宗教が悪いとか(そりゃ人に迷惑かけてるのはイカンですが…って、あれ?)そういうことは言いたくないのですが…でもそういう「真実」てのは人の数だけあるって言われりゃそれまでではあるのですが。
自分もキリスト教徒というわけでもないですし、近くにそういう人がいるわけでもないので…どうも見方が偏ってしまうのをご了承ください。…部外者が言うとやっぱり不謹慎になるもんではありますんで…。

宗教と科学というとどうしても「対立」が出てきてしまうものではあります。
今現在でも科学サイドでは「生命の起源」というものを探っております。これはまだまだ諸説あるものでどれが完全に「正しい」とは言えない状態。もしかしたら正解を探し出すことは限りなく不可能に近いのではないか…という見方もできてしまいます。
が、宗教…キリスト教ではこれに答えを出してます。「神が全てをお造りになった」と。
ではそれを万人が理解できるように説明してくれ…というのが科学サイドの意見なわけですが宗教側はそれをなし得てません。…「神」の定義そのものだって宗教宗派個人によってバラバラなのに万人が理解できるように、てのはかなり難しいような。そもそも宗教てのは救いを求める場であって真相究明をする場ではない、という見方だってできますし。
考え方の根本が全然違う「宗教」と「科学」なのでどうしても「対立」が起きてしまうわけです…。

で、↑こういう博物館というのは科学の領域だと思ってたんですが…そこへ宗教が乱入?してしまうとなると。これはなんだか一種のルール違反のような気がしてしまうわけです。これが「こういう考え方もあるんだよ」的な展示ならまだ理解できるんですが、「こっちが真実だ」的なもんだとすると…そこまで介入?してもいいもんなのかどうか、と。
しかも↑いくつかツッコめるところがあったりしますし(ただの誤植なのかも知れませんが)。そもそも恐竜の形だって調査方法だって科学の手法で得てきたものなんじゃないのかなあ、その辺も宗教の手法でどうにかした方がまだよかったんではないかな…とか無宗教の自分なんかは思ってしまうわけではあります。

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May 13, 2007

銀の出る山

島根県の「石見銀山(いわみぎんざん)」の世界遺産登録に対して「記載延期」勧告(Yahoo!:毎日)…2001年には暫定リスト入りまでしていたのですが。理由は「世界歴史的にも価値があるって言うけど…物証は?」とのこと。つまりは証拠示せ、ということなんでしょうけど…。
島根県:石見銀山トップページ

金とともに世界中で愛好されてきている銀ではあるのですが。
日本だと佐渡の金山とともに有名なのが石見の銀山でした。実は日本は昔は鉱物資源の輸出国として有名だったのです…って、まあ、今でも出るとこでは出るんですけど量が少なすぎて意味がない、と言うか。どっかの本で「鉱物資源の見本市」てな言い方されてましたが…言いえて妙、と言えば妙ではあります。
その中でも銀は特に有名で。室町期から江戸期…鎖国してたって貿易はしてましたから…では諸外国にも多量に輸出してました。↑にもあるように世界の銀生産量の三分の一は日本産だった…なんて話もあります。そのため個人的には世界遺産登録はすんなり行くのかな、と思ってたんですが…さて?

ところで「石見銀山」と言えば時代劇好きには別の意味で有名ではあります。…いわゆる「毒薬」というやつで「ほら、石見銀山だ。こいつを使いな」とかワケ知りの渋い兄さんが殺し用に差し出してくる…なんてのはよくある場面ではあります。
…この場合の「石見銀山」とは何か、というと簡単に言えば「ヒ素」になります。…ヒ素、となると現代のミステリ物でも出てきそうな。現在は農薬に化合物が使われていて、事件にもなったりしますが…元々はネズミとり。戦後になってクマリン系の殺鼠剤が出てくるまではこれが主流だったそうです。
なお、前述の石見の銀山からこれが出たのではなく、近所の笹ヶ谷鉱山(現在は廃鉱)からヒ素(ヒ石)が出てこれをネコイラズとして売り出す際に知名度の高さを狙って「石見銀山の~」とやったんではないか、とのことではあります。

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Mar 29, 2007

「いが」と「こうか」

三重県伊賀市の市長さんと滋賀県甲賀市の市長さんが手裏剣対決、負けたら勝った方の市をPR…というのが3/24に行われたのですが。結果は伊賀市長さんの勝ち。…ということで甲賀市役所に伊賀観光のポスターがお目見え(Yahoo!:京都新聞)。「ノルマ」ではあるのですけれど、甲賀市役所では今後も伊賀ポスターの掲載を続けていくとのことです。
なお、「伊賀」は「いが」と読みますが「甲賀」は正式?には「こうか」と読みます。地名では「甲賀市」は「こうかし」となります。…しかし忍者関係の時だけは「こうがにんじゃ」になるんだそうで。
伊賀上野観光協会
甲賀市観光ガイド

江戸期の講釈辺りが起源になるんでしょうか…伊賀vs甲賀の忍者対立。もっとも徳川方についた伊賀と豊臣方についた甲賀ではどうしてもそういう構図になってしまいそうではあります。格好のネタではありますし。…ただ、どうしても伊賀が善で甲賀が悪、といった風になるのも時代の流れと言うか勝ったのは徳川だから仕方ないと言うべきでしょうか…。
そもそも「にんじゃ」とは何だろうか、という疑問もあります。
元々は鎌倉時代とか室町時代とか。あるいはそれ以前から存在していた諜報活動を専門に行う人たち…といったところでしょうか。敵方の情報を探ったり様々にかく乱してみたり。暗殺などの「ウラ」で動いていた人たち、という印象があります。
実際のとこは…どうなんでしょうね、正確なことなど分かりはしないのですが。
ただ、江戸期以前の武士というのは普段は農耕作業やってていざという時に刀や槍持ってはせ参じる…という形が基本だったわけで。忍者と呼ばれた人たちもやってることはそういう「武士」と変わらない。フツーにそういう業務?をこなしていただけだ…ということなのかも知れません。海外物でよくあるようなスーパーマン的な役割では決してない存在。フツーに呼ばれてフツーに仕事してただけ、なのかも知れません。
それでも特殊な技能を持っていたことは間違いないわけで。例えば薬作ったりだとか罠仕掛けたりだとかはそこらの人が簡単にできるもんではありません。そういう特殊な技能を持った人たちの集団なわけですから色々と使われたんではないでしょうか…ホント、色々と。

現代でも宗家みたいなのが残ってるとか、秘伝の巻物もある…とかそういう話もありますが。…市長同士の手裏剣対決とか、そういう害のない方向で残っていく方がイイのかも知れません…色々と。

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Mar 16, 2007

じしょの原稿

群馬の古書店で日本初の英和辞典の原稿が発見されました(Yahoo!:時事)。束ねた古紙として仕入れたもの中に混じっていた、とのことで…やはりこうやっていつのまにか散逸してしまうもんなのかも知れませんが…今回は良かったなあ、と。貴重な資料ではありますし。

発見されたのは「英和対訳袖珍辞書(えいわたいやくしゅうちんじしょ)」という文久二年(1862年)に堀達之助によって編纂された辞書の原稿です。…この辞書は元々「新ポケット英蘭辞典」(H.ピカード編)という英語→オランダ語辞典のオランダ語の部分を日本語訳していったものでした(原題からして"A New Pocket Dictionary of the English and Dutch Languages"、袖珍てのはポケットの意なんだとか)。
実際に膨大な量の単語を集めたりまとめたりする手間が省けて簡単そう?に見えますが、こういう編纂作業てのは一人では絶対に出来ませんし、時間と情熱が必要になります。ましてや日本初ですし。
ではそのオランダ語を日本語訳するのに使われた可能性のありそうな辞書は、と言うと…やはりハルマ和解でしょうか。江戸ハルマとも呼ばれるそれは寛政八年(1796年)に編纂作業を終了、コンパクトにまとめられた「訳鍵」まで発行されました。1857年にはその訳鍵の増補版「改正増補訳鍵」も発行されてます。
一方でズーフ・ハルマ、つまりオランダ商館長だったヘンドリック・ズーフが協力して完成させた蘭日辞書があります。こちらも「改正増補訳鍵」と同時期に「和蘭字彙」となって改訂版が出たりしてます。

…って、以前にも書きましたっけか、ハルマ関係。
その江戸もズーフもどちらもフランソワ・ハルマという人が編纂した蘭仏辞典の「仏」を「日」と入れ替えていく…という作業をやってます。その時も当然ながら何かの辞書が使われたはずでしょうし。日本で初めての本格的な蘭日辞典、となると両ハルマになりますが…断片的ならいくつかあったわけで。そういうのをも全部編纂し直さないといけないわけです。
なお。前野良沢と杉田玄白が中心となって訳していった、とされている「解体新書」。この当時はまだこういった本格的な辞書は日本には存在してませんでした(何せハルマ和解編纂の中心人物稲村三伯の師が大槻玄沢。この人は杉田玄白の「玄」と前野良沢の「沢」から名前をもらった二人共通の弟子。…実は三伯と年代はそれほど変わらないらしいのですが…)。

そう考えると辞書てのも…単純にスゴイなあ、とか思ってしまったり。英和だけじゃなくて国語辞典や漢和辞典でもやはりこういう歴史てのは存在してるんでしょうし…。

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Jan 19, 2007

まんじ

ドイツの「鉤十字禁止」EU拡大にヒンズー教徒が反発(CNN)…ドイツでは学術的などの特に必要な場合を除いて「鉤十字(ハーケンクロイツ)」の公的な展示なんかはできないんだそうで。特に「右まんじ」はタブーとされていますが…。

まんじ、ハーケンクロイツ、スワスティカ…「卍」です。
右巻き、左巻きがあってそれぞれ意味が違います(一説には右巻きが「力」で左巻きが「愛」)。日本のお寺のマークとして使われるのは「左巻き」で、ナチスのそれは「右巻き」です。全部が全部そう、というわけではないそうなんですが。ナチスの方で左巻きてのもあるそうですし。
日本の場合ですと「まんじ」と入力して変換させると左巻きの方が出てきます。…右巻きの方は出てきません。記号として存在してるらしいんですが。
卍(Wikipedia)

知らない人から見ればよく分からん記号の一つ、ではあるのですが…ユダヤ人にとっては仇敵とも言える、かのアドルフ・ヒットラーがナチのシンボルとして使用したことから禁止や廃止を求めるようになっています。当時のナチ党というのは当然もう存在していませんが「ネオナチ」と呼ばれる過激な右翼組織は存在していて、今でもこの「鉤十字」を使っているそうです…。
一方で、この「まんじ」は仏教やヒンズー教では別の意味を持っていました。幸福のシンボルという意味合いが強いとのことで…実は日本でも家紋にまんじを使ってるケースがあります。津軽氏や吉田松陰、阿波蜂須賀家などがそうです。

と、いうわけでそもそもは悪いイメージではなかったんじゃ…と考えたくなりますが。
しかしユダヤ側から見れば…悪、というのは大きいわけで。でも単なる渦巻き紋みたいなもんだろ、とデザインだけ見ることもできるわけで。…こういうのは結果出しても結局どっちも納得しない、という方向へ行くのが常ではあるのですが(例えばここでドイツの主張を完全に採ったとして…ヒンズー教徒は簡単に納得できるのかどうか、と)…やっぱり水掛け論になってしまうような。そんな気がしてます。
…日本でも時折出てくるんですがね「まんじ」関連。某格闘技の紋章とか…。

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Aug 16, 2006

…なんだろう…

まずはこちらを
福岡県宇美町の正楽遺跡から出土した土器片(Sankei Web)
時代は室町期辺りらしいのですが…たしかにカッパとか鬼とか…。
むしろパ○ットマペッ○を連想してしまいそうな。いや、ウシでもなさそうなんですが、なんとなく。

やっぱりカエルとかそういう系統なのかなあ、という気はするんですが…いや、あるいは動物とは全然関係ない「何か」の一部なのかも…とか。三本程度あった脚の一本ではないかとことですし。これを組み合わせたら全然別の「何か」が現れてくる、とか。残りの脚とか破片とかが見つかったら詳細に直結しそうではあるんですが、こういうのはなかなか見つからないでしょうし。
ただ、「遊び心」てのは意外と古くからあったんじゃないか、と個人的には思ってます。
土偶とか土器とか。全部が全部実用一点張りのがちがちのクソ真面目に作ってた…てのはどうなのかな、と。生活に余裕が出てくるとこういう「遊び心」が出てくるという説もあります。昔々の人類の祖先が壁画などを残していて呪術的な要素というのも言われているんですが…こういうのが残せるようになった、ということは大分余裕が出てきていたのでは…ということです。まあ、狩猟にせよ農耕にせよその他にせよ、それだけにかかりっきりではない時代になってきてたんではないか、と。
…こういうのは現代でも通用しそうではあるのですが。やはり余裕というのは必要ではあります。

さてこの土器。なんだか逆に「これだ!」とか断定されない方がいいんじゃないか、とか思ってきてます。こういう怪しい?土器てのは例えば「寅さん土偶」とか結構あるもんらしいのですが…謎のままであれこれ想像するのも楽しそうではあります。

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Apr 26, 2006

一種のタイムカプセル

シーボルト、と言えば江戸期に日本を訪れ、いわゆる「シーボルト事件」の発端になったドイツ人としても知られていますが…その他色々なことに影響を及ぼしていった人物でもあります。例えば「鳴滝塾」という長崎の蘭方医・蘭学者養成塾?創成のきっかけになったり(もちろん塾長として赴任)。そして日本に西洋のことを伝える一方、西洋に日本のことを伝えた人物でもありました。
何せ日本の動植物ではかなりの数、この人が関わっています。
オランダ・ライデン自然史博物館の琵琶湖固有種の標本は淀川水系で採取か(Yahoo!:毎日)…アユモドキと言えばシーボルトが世界に紹介したことで知られている淡水魚ですが、これも淀川水系で採取したのではないか…とのこと。

当時、基本的に外国人(日本国内に入れるのはオランダ人と清国人)は長崎の外へ出ることはできませんでした。…特にオランダ人は。出島という扇型?の埋立地にのみ居住や行動が許されていました。実際は他国人でも(シーボルトはドイツ人)オランダ人のふりをして日本に入って来ることはできたそうですが。逆に出島に入れる日本人も制限されてました。が…こっちも通詞(通訳)の付き添いという名目で出島に出入りしてた日本人もいたそうですから、あいこ、と言えばあいこではあります。
しかし、そういうオランダ人のふりした他国人が唯一江戸にまで来れる機会があります。数年に一度商館長が「江戸参府」して将軍を訪ねることがあるのです。当然長崎から江戸までの大名行列が組まれることになります。瀬戸内海は海路で行くのですが、東海道はずっと陸路。…シーボルトもこれに同行していて、この間に色々調査してたのではないか、とされてるわけです。動植物の採取だけではなく富士山の高さを測量した、とかそういう話もあります。
こういう調査等はシーボルトに限ったことではなく、例えば浅間山の大噴火にちょうど居合わせたオランダ人が描いた噴火の絵?なんてのも残っているんだそうです。

江戸期の標本の数々…。
こういうのをきちんと調査できたら江戸期の日本の淡水魚の様子、だけではなくその他にも色んなことが分かるのですが…結構シーボルトの標本、てのは散逸してしまっているんだそうで。それらを集めて調査、となると…かなりの時間がかかりそうではあります。すぐに、というのは無理っぽい。言い方変えれば今まで知られていなかった標本、なんてのがどっかからひょっこり出てくる…なんて可能性もあるんですが…。
いや、標本ではないのですが…実はシーボルトが江戸へ来た時になんと江戸城の見取り図を手に入れていた、という話があったそうで。でも現物がないので本当かな?という状態だったそうです。しかし平成になってからそれが発見されてます。こういう話は他にもまだまだあるのかも知れない…。

なお、多数の逮捕者が出て自身も国外退去になってしまった「シーボルト事件」、その発端は大きな成果をあげることのできたこの「江戸参府」にあった、という…なんだか皮肉な結末になってます…。

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Apr 08, 2006

事実はそれこそ闇の中

イスカリオテのユダ、と言えば「裏切り者」としてよく知られている人物。キリスト教徒でなくてもその名は宗教画にとどまらず劇、小説、映画、あるいはマンガやゲームでもやはり「裏切り者」となっている、という…皮肉?な知られ方をしています。
キリストの13番目の使徒、とされていて会計の任を担っていたが不正も多く、ついには金に目がくらんで当時キリストを狙っていたローマの官憲に所在を通告、キリストは磔の刑になってしまいます。ユダ本人は…そのことを悔いて自殺してしまったという…。
しかし。実はユダはキリストの忠実な弟子であり、ローマの官憲に引き渡したのもキリスト本人の意思で、ユダは裏切りなどしていないという説が浮上してきているとのことです(Yahoo!:読売)

研究が進められていたのは「ユダの福音書」です。「福音書」とはキリストの言行を弟子が記したもの、とされている書で、新約聖書に記載されてます。じゃあ、12使徒全員分が現存しているのか、というと…マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4使徒が載っているのみです。
私は別にキリスト教徒でもありませんし、神学を志していたわけでもないのですが。
聞きかじった知識によりますと、世界最古の書物とされている聖書、これは現在今まで全て全く同じ内容だったわけではなかった、という話があります。途中で何回も編集が入っているというわけです。何せ約2千年の長い歴史を持つ宗教ですから様々な説話や伝承が入り込んでくる。
そのうち内容があんまりよろしくない、とされたものは「外伝(げでん)」や「禁書」に指定?されて聖書には載らなくなります(未来永劫ではなくて復活した事例も…あったっけか?)。…ここに「ユダの福音書」も含まれているようです。なお、これが異端の禁書に「指定」されたのは2世紀くらいとされています。ちなみに…例の「666の獣」とか「ハル