04/23/2018

表現方法の一つとして

残っていかないかなあ・・・。
富士フィルムが黒白フィルムの生産を終了(Yahoo!:AllAbout)。いわゆる「モノクロフィルム」であります。黒と白しかない写真が撮れます・・・カラーではない写真。かつてはモノクロオンリーだったのですが、後にカラーフィルムが普及。そして現在のデジカメ(特にスマホ)全盛の時代になってきたわけであります。
フィルムカメラとデジタルカメラの大きな違いは↑記事にもあるように「面で捉えるか」「点で捉えるか」にあります。「大体この辺がこんな感じ」というのと「一つ一つで点で示すべき」というのと・・・まあ、そんな感じじゃないか、と個人的には思ってますアナログとデジタルの違い。

例えば対象を完璧に画像として記録する、ということが目的ならばなるべく高画素のデジカメで撮影した方がいいわけです。しかし「撮った側の手法」などを重視するのなら・・・それは撮り手の事情やツールから色々考えていって、その結果がフィルムカメラ(それもモノクロ)というのならそれで突き進めばいい、ということになります。
そりゃあ・・・デジカメの方がいちいち現像する手間もありませんし、手軽に撮影できます。しかしそれが全て、それで全部のシャシンが確定できるわけではありますまい。
表現方法・・・プロもアマも何もなく・・・の一つとしてフィルムカメラはアリ、ということなのであります。自分が表現するのですから、自分で決めちゃって問題はありません。

モノクロでも大変に味のある画像、というのは実はフィルムデジタル問わず存在していますし。ただ・・・富士は日本では老舗のメーカーでしたから、それが販売終了、となると・・・やっぱりさびしいなあ、と思ってしまったりします・・・。

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12/08/2017

時代が戻ってる?

「いかがわしい」バルテュス作品、展示に非難で署名9000人(Yahoo!:JIJI・AFP)・・・別記事には「8000人」というのもあったりしますが。いずれにしても一定数以上の人が「いかがわしい」と思った(少なくともそれに賛同する署名をした)ということになります。
バルテュス(Wikipedia)
1900年代に活躍したフランスの画家で本名はバルタザール・ミシェル・クロソウスキー・ド・ローラ (Balthasar Michel Klossowski de Rola) ちなみに日本の方と結婚したりしています。
一種独特?な雰囲気のある画風で、どこか哀しみを帯びているようにも思えますが・・・たしかに少女や裸婦を描いたものも多かったりします。

・・・でもこれで「いかがわしい」どうこう言われてもなあ、というのが正直なとこで。
実は「絵画」というのは本来は・・・と言うかヨーロッパで中世頃には基本的に「宗教画」オンリーでした。キリスト教の各名場面を描く。しかしそれだけじゃあ、ちょっと面白くないなあ・・・ということで色々描き始めたのが「ルネサンス」の時の波の一つでありました。これ以降、宗教画ではない、画家の「発現」の場としての絵画が増えていきます(もちろんこれは絵画だけではなく様々な芸術にも影響を与えていきます)。
そうなると・・・やっぱりエロの方面にも進出?していくんですが。
さすがに当時そこまではダメだろ、ということで「人間の裸はNG」ということになります。じゃあ、何の裸ならいいのか、となると「神話上の登場人物」つまり「実在しないキャラ」ならOKということになりました(それでも「いや、ちょっとここまでは・・・」的な修正が入ったものもあるにはあります)。

その後時代が進むと芸術はどんどん自由になっていきます。そもそもヨーロッパ以外の地域では別に宗教画限定ではなかったわけですし。アフリカやアジアなどそれぞれの文化がそれぞれと交わっていくことで変化は加速していきました。今ではその頃のような「規制」はほとんどないようなものなんですが・・・。
ここへ来て「人の好み」という芸術の最大根幹によって「規制」される、という・・・何とも皮肉な、と言うか。過去の「これは宗教画じゃないじゃないか!」的な嫌悪感再来、と言うか。

イヤなら見なきゃいい、というのは至言なんですがなぜか己の感覚を相手に押し付けようとしたがる、と言うか。賛同者を容易に集めることができる、というのもその一因かと思いますが・・・こんなことが続けばどんどん萎縮していくかも知れません。みんな同じような絵画に彫刻に文芸。そんなの・・・面白いですか?
・・・ただ、今回の救い?は「メトロポリタン美術館に近い消息筋によると、作品の撤去や解説文の修正を行う予定はないという」(「」内↑記事より引用)心強いコメントであります・・・。

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09/02/2017

多分一生残る

それでもよければ、ですが。
アニメキャラの刺青「ヲタトゥー」イメージ変える?(Yahoo!:朝日新聞デジタル) ・・・変わらんだろうなあ、と。逆にヒかれることになりそうですが・・・痛車とかそういうのを見てる限りでは。
海外ではアニメキャラが人気、とは言っても外国人全員が無条件で好き、というわけでもなく。「好き」「嫌い」の比率はあっちでもこっちでもそれほど変わってないだろう、と思ってます。国によっては日本産?の同人誌は税関で没収されたりしますし。絵柄的にどうも・・・というのはどこの国にでもいるはずであります。

海外では「アート」的な扱いの刺青ですが。日本ではちと立ち位置が違っていたりします。・・・基本的に公共の場では見せない方がいい、ということになっています。公共浴場などでは「隠す」か「入るな」ということになってるのが普通であります(当然ですが刺青が当たり前の外国人からすれば理解できない・・・)。
しかしかつて日本でも刺青はフツーにあったものでありました。江戸期では一般的な庶民も刺青したりしてました。特に職人さんとか。・・・どっちかと言えばその「ノリ」がそのままちょっとコワイ系の方々に受け継がれ・・・それが「関わるとややこしい」といった風に現代では変換されてしまった、という観もあります。

個人的には別に当人がそれでよけりゃそれでいいや、というとこなんですが・・・刺青はその性質上(例え除去手術を受けたとしても)一生「何か」が身体に残ります。
これがペイント的な何かでそのうち消える・・・と言うのならまた違う話になるかと。しかし、一度彫り込んだら「何か」は残る。
・・・それがアニメキャラ。いや、まあ・・・当人がそれでいい、覚悟してる、と言うのならホントそれはそれでいいとは思うんですが・・・例えば花鳥風月とか龍のようなある意味「不変」のものならいいんですが、アニメキャラは時間経過と共にどうしても風化していくものであります、つまり・・・古くなる、どうしても。
10年20年して「今さらこんなキャラいやだ」となっても手遅れなわけで。むしろ、時間と共に消えるフェイクタトゥー系には合ってるように思うのですが・・・さて。

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