Aug 20, 2008

誰も守ってないのかー…

アメリカで飲酒可能年齢引き下げを求める呼びかけに、100以上の大学の学長が署名(iza!)。これはちょっと知らなかったんですが、アメリカ全体での「飲酒可能最低年齢」てのがあったんですね…21歳。記事によれば1970年代のベトナム戦争時に「兵隊になるのに酒も呑めないのか」ということで各州が18歳に引き下げ、でもその後10代の飲酒問題が多発して1984年に21歳に引き上げ…と。
州によって細かい違いがあるらしいのできっちりかっきり「21歳未満は呑んじゃダメ」というわけではないのかも知れないのですが。世界的に見ると20代からお酒OKてのはやや高い印象を受けるものらしいのですが。ヨーロッパは大抵10代からですし。まあ、サウジアラビアのように宗教上の理由で飲酒そのものが禁止されてる国、てのも世界にはあったりしますけど。

なんでこういう規定が設けられてるか、と言いますと…酒呑むとニンゲンは酩酊状態に陥るからです。各感覚系が鈍くなって論理的・理性的な思考や言動ができなくなる。ヒトによっては「第二の人格」っぽいのが現れて人間関係に影響を及ぼしたりもします。暴力や犯罪に至るケースも少なくなく…一回限りの酔っ払い行為が一生続く後悔と懺悔の道へと繋がることもあります。
日本では結構「まあ、あの人は酔ってるんだから」ということで大目に見られたりもしますが。国が違えば慣習が変わるのも当たり前で、欧米では「自己管理もできねえのか」とめちゃくちゃに白眼視されますし、イスラム圏だと飲酒自体が背徳行為になる場合があります(自分がイスラム教徒でないと証明できれば飲酒も問題ないらしいんですが…)。場合によっては非常に良くないことになる可能性もある、ということではあります。
ではそういうことにならないためにどうするか。自分の飲酒をコントロールできればいいわけです。これ以上呑むとヤバイ、ここまでなら大丈夫、と。
そういうことが確実にできるようになるには非常に時間がかかります。こういうのは誰かに「君はここまでしか呑めないね」と教えられてできるもんではありませんし…何度も何度も呑んで自分の体に教え込まないといけない。だからもっと若いうちから飲酒を可能にすべきだー…!

…てな主張かと思ってたんですがー…いや、そういう主張も含まれてはいるようなんですが。でも「どうせ誰も守ってないじゃないか、こんな法律」が理由に出てくるってのも。
自分は飲酒可能年齢引き下げには「基本的に」賛成だったりします。いつまでもダメダメ言われ続けてようやく可能な年齢になって呑んで溺れて酔っ払って一生癒えない傷負うくらいなら、もっと若い頃から「訓練」させた方がイイ、と。…でも若年層の飲酒による弊害(精神的にも肉体的にも)てのはたしかに存在してますんで…簡単には賛成できない。…でも反対ってわけでもないし。だから結果的には「保留」とかそうなってしまいそうではあります、自分。

↑これはアメリカでの話なんですが。日本でこういう動きは…出てきそうもないですね。飲酒は20歳から。区切りもいいし(?)定着してしまっているんでこれを引き下げ、とは今後もならないような。そんな気がしてます。

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Jul 28, 2008

学区が減っている

2003年以降、公立高校の学区撤廃の動きが全国で進む(Yahoo!:YOMIURI)…公立高校普通科には受験できる区域、つまり「学区」がありました(2001年にこの規定は削除)。同じ都道府県の中をいくつか分割されているのが普通で、学区外だと例え同じ県に住んでいても受験することはできなかったのですが…。
一方でそういった規制が全くないのが私立校。スポーツや進学での有名校となると寮を用意して全国から優秀な人材を集めたりもしていました。当然そういう高校は人気が出るわけで。人気が出る→生徒が集まる→さらに設備増強→人気が出る…とどんどんいわゆる「人気校」になっていってしまいます。
もちろんそういうのは私立校の中でもごくごく一部なわけですが…少子化の昨今、公立校も今のままでは…と懸念されるのも当然と言えば当然ではあります。

…とは言ってもやっぱり県外の公立高校を受験、というのは引っ越さないと無理っぽいのですが。
それでも「全県一区」つまり県内ならどこの高校でも受験OK、とかたくさんあった学区を統合して減らそう、という動きは盛んになってきてるということではあります。…2000年以前には考えられなかったそうなんですが。公立校は学費安い、という大きな強みがありますんで…場所によっては私立よりも狭き門になってたりもするんだそうではあるんですが。
今後もそういう動きが進むと公立と私立の垣根が低くなってますます競争が激化する、という声もあります。
…それはそれでいいんじゃないのか、競争した方が質が上がる場合もあるし…という意見もあれば、競争なんかするよりも各校それぞれで努力をしていくべきなんじゃないないのか…という意見もあります。…まあ、どっちがいいとは言い切れないような気がしてますが…全く競争ゼロでは張り合いないですし、一つの高校だけではできないこともありますし。
そういうとこの舵取りも難しいのではないか…と思ってしまいます。

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Jul 27, 2008

加速はあるかも

二酸化炭素排出を抑えた「エコ住宅」に対して経済産業省が補助金制度復活の検討を開始、業界の「加速」も(Yahoo!:産経)…新しく家を「エコ住宅」として建てる場合ももちろん、「エコ住宅」への改築を促進させることを目的とした団体も発足させる…ということでますますの「加速」が期待されるところではあるのですが。
たしかに企業に比べて一般家庭というのは、特に二酸化炭素排出についての対策などは遅れがちではあります。実際生活していく上でどうやって排出を抑えることができるのか? という単純な疑問からですが(息吐いたら二酸化炭素が増える、ほな皆で息すんの止めよ…てなギャグがどっかにあったような)…結構無理やりっぽくなるのは否めますまい。企業が環境対策ということで新型の機械に入れ替えるように家電やクルマを最新の省エネタイプに買い換える、てのはかなり難しいですし(そういうCMもありますが…そんな余裕あるかっての)。当たり前ですが普通の家電買い換えに多額の補助金なんぞが出るわけもありませんし。

家そのものの省エネ化、と言っても太陽光パネルを屋根につければそれで全部OK、後は何もしなくても電気供給してくれる…と簡単なものではありません。十分に光があたるのかどうか、近隣の家への影響はないか。そしてメンテはどうするのか。…設置するのだってお金はかかりますし(それに対しても政府から補助金を↑ということなんですが)…言っちゃなんですが「モト」は取れるんだろうか、と…。
…実はこういう件に関して個人的にちょっと気になってるとこがあったりします。
家庭での太陽光発電で発電所からの送電分を賄って、結果的に発電所から出る二酸化炭素をゼロにする、というコンセプトなんだと思いますが…肝心の太陽光発電システムを「作る時」に出る二酸化炭素はどれくらいなんだろうか、と。某メーカーはそういうところも考えてますよ、というCMやってますけど一社や一グループだけでやっても意味はありますまい。大変な手間かけて家庭でエコやって、実は二酸化炭素排出量は総計してみるとそんなに変わりませんでした、てなことになると意味がないと思うのですが…。

例えば白熱灯から蛍光ランプへ、という流れが経産省からも推奨されました。メーカーによっては白熱灯の製造を止めたところもあります。それはそれでいいとは思うのですが…値段は上がるのですけど、蛍光ランプの方が消費電力が大幅に下がるので電力の節約に繋がって二酸化炭素排出量も減ることになります。寿命も長いですし。
ただ…明らかに蛍光ランプの方が製造工程は複雑なわけで。その製造工程で出る二酸化炭素なんかは白熱灯と比べるとどうなるんだろう? という疑問があるわけです。今後国内の工場は白熱灯から蛍光ランプへと切り替わっていくでしょう。…そうなっていくと排出量はどうなるんだろう…?
…全体的に見る必要があるんじゃないのかなあ、と。「何か」実行しただけでエコになって地球バンザイとか、そういう簡単なものではないわけで。「何か」をやってそれに関係している「何か」をやって、さらにそれから発生する「何か」をやってそして…と繋がってるところも全部実行してかないといけないと思うのですが。

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Jul 21, 2008

暑い…むしろ熱い…?

世間一般ではいわゆる「夏休み」というやつのようで。どっかに出かけるとかそういう人も多そうですが…気をつけたいことの一つに「熱中症」があります。
熱中症、「暑さ指数」の活用を(iza!)…暑さ指数(WBGT)とは、まあ、気温だけではなく湿度やその他を加味して出された数値のことです。気温だけに目が行きがちですが、実際に熱中症が起きるケースは単に気温が高いから…というだけではない場合も多く、この時期は特に気にかけるべき指数ではあります。
環境省熱中症予防情報サイト
特に湿度ですかね…気温はそれほど高くないのに湿度が高くて(例えば部屋を閉め切っていた)熱中症になってしまった、というのはよく聞く話ではありますし。

自分はまだそういう症状になったことはない…と思うのですが…。
活動時間帯が他の人とはズレてることもあったりするので、そういう「ヤバい時間帯」にはあまり出歩かないせいもあります。でも、一昨年くらいでしたか酷暑の真昼間に外へ出て。買い物だったのですがしばらく自転車に乗ってたら…
「こりゃヤバい」
と本気で感じて自販機でお茶買って飲んでしばらく日陰でじっとしてたことがあります。めまい…とかそういうのではないのですけれど、倦怠感?と言うか妙な頭痛と言うか。しばらく休んでたらそういう不快感?も消えたのでさっさと帰ってしまいました。…あのままだとやっぱりヤバかったのかな…と最近では特に気をつけるようにしています。

今年も…と言うよりここんとこ暑い日が続いています。これも地球温暖化の影響だ、てな人もいますけどこんな風に温度上昇を実感できるまで上がるわけないだろ、てな人もいます。地球全体で1度とか3度とか上がる、とされているのが地球温暖化で、それだけでも大きな影響が出るから大きな問題になってるんじゃないか…と。
それでも海水温の上昇によって起きてる様々な事象。それらが回りまわってきて結果こういう暑い日が増えてるんだからやっぱり温暖化の影響じゃないか…とかそういう話もありますんで、何とも言えない、と言えば何とも言えないような気もします。
どっちかと言うと居住圏に人が密集しすぎてのヒートアイランド現象とか、熱を溜めこみやすい地形とか、そういうのが直接的な原因なんではないか…とか個人的に思ってますけど…どうなんでしょう。暑い日が増えてるのは事実なわけですし…。

個人的には暑いのダメなんで…これからしばらくはダメダメな日が続きそうではあります…。

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Jul 11, 2008

リユースvs.リサイクル

秋にもペットボトルの「リユース」試行開始(Yahoo!:産経)。これは従来のようにペットボトルを回収してリサイクル(Recycle)するのではなく、回収したペットボトルそのものを洗浄してリユース(Reuse)しよう…という試みになります。…リサイクルだと破砕など再資源化するためにいくつもの工程が必要ですが、リユースなら洗浄や殺菌など比較的少ない工程で済む、というメリットもあるのですが。
さらにデポジット制(返却時に代金の一部を返すシステム)を採用して回収率を上げる作戦のようなのですが…。

これは単純にどっちがいい、というものではないような気がしてます。
ペットボトルのリサイクルはようやく皆に定着しつつあるシステムですが、回収する側によってペットボトルの処遇?がバラバラなのが現状ではあります。例えば十分な処理施設がない場合。回収したペットボトルはどこへ運んだらいいのか? これが経費はかかるけど専門の業者に処分してもらってます(その業者もどっかよその施設へ運んでるわけですが)というのなら、まあ、なんだかまだムダはありそうですけども納得できる処遇?ではありますが…実は追跡してみたらそこらに放棄、あるいは倉庫に山積みになってました…とかそういうケースはまさかないだろうなあ…という不安も。
今は逆にペットボトルが売れる時代だ、という話もありますんで(処理しきれん分を中国などに売るんだそうな)今は↑こういう話はないのかも知れませんが。

一方でリユースも結構なんだかんだとあるわけで…複数回使用する、ということはそれなりに頑丈でないといけません。ビンがリユースできるのも、一つにはその頑丈さにあるわけで。…そりゃ、割れちゃったら意味ないですけどペットボトルならビンほど割れることもありません。しかし現行のやつだとすぐに潰れたりしてしまいますし、熱には弱い。じゃあ、もっと肉厚で耐熱性を…!
となると今度は値が上がることになります。あるいは中身を若干減らすとか…。

実際問題として恐らく「リサイクル用」「リユース用」で違うモノが作られると思うのですが。「リサイクル用」はリユースできなくて、「リユース用」をリサイクルに回すことはできない(使用回数に制限がつきそうなんで、何回目かはリユースではなくリサイクルになりそうですけど)、と。
…その辺、周知はできるのかなー…と。
デポジット制にしたって突き詰めてしまうと「買った時に払った代金の一部を返す」というものなわけで。つまりはどうしても代金が高くなる可能性があります。…「こっちのなんかちょっとゴツいやつは少し高いのかあ」ということになって結局は敬遠とか。そうなると意味がないような…。

ビールビンの有償回収だって、今はどれくらい機能しているんだろう…とか。…まあ、まだ試行の段階ですんで、今後どうなるのかが注目されるところではあるのですが…。

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Jul 10, 2008

美味くなってる

らしいのですが…こういうのは世代間の認識の違い、なんかもありそうではあります。
「あなたの家庭の水道水は10点満点で何点ですか?」全体平均で過去最高の7.2点(Yahoo!:Business Media 誠)…対象は東京圏、大阪圏、中京圏、ということでいわゆる「都会」になってます。「田舎」も入れたらまた違った結果になるのかも知れませんが。…以前、自分が住んでたとこなんかは井戸水でしたけど…大変に美味かったのを覚えてます。…ああいうとこだと水を買うという感覚は育たないんではないか、とか…。

自分は「関東出戻り」というやつで…昔は関東、それから関西圏(この時がほとんど井戸水)、また関東へ逆戻り、という経歴だったりします。
…たしかに昔は水道水が不味かった…関東地方。
小学生くらいだったかなー…とあるマンション(結構都会っぽい立地)に行ったんですけど。そこで家族でお茶をわかして飲んだんですが…土臭いというか泥臭いと言うか。お茶の味なんかまったくしないような水でした。それからン十年後。縁あって出戻ってから同じマンションで同じようにお茶飲んだんですが…びっくりするほど美味くなってました。いや、美味くなったのではなく普通に戻ったと言うべきなのかも知れません。
その原因?が…高度浄水処理になります。
水・新発見:より安全でおいしい水づくり|東京都水道局<パンフレット>

聞いた話なんですが、水道水を↑こうやって浄化したものを販売してるとこがあるとかないとか。…それほど美味くなってきてる、ということなんですが。
…今の若い世代は結構抵抗なく水道水飲めるんだそうですが。それでもやっぱり年代によっては「あんな不味いもん飲めるか」てな方もおられるでしょうし。「都会」でも全部が全部そう上手くいってるわけではないのかも知れませんし。
それでも美味くなってるんならそれでいいんじゃないか、とか単純に思ってしまうのですが…刻み込まれたイメージてのはなかなか抜けないもんではあります…。

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Jun 27, 2008

とりあえず禁止?

福岡県の行橋市の17の小中学校で「ノーテレビ・ノーゲーム」デーを毎月一回設定へ(Yahoo!:毎日)…まあ、こういうのは毎度毎度のことなんですがね。つまりは行橋市の教育委員会は「テレビやゲームさえしなければ家庭内での会話や読書が増えて良いことになる」と思ってる、ということなんでしょうか…。
…どれくらい強制力があるのかも疑問ですが。例えば教師が全児童の家回って本当にテレビも観てないゲームもしないのを確認するのか、とか。やるんだったら市議会に働きかけて罰則(公園の掃除とか軽いものでもいいんでは)設けるとか、それくらいしてもいいんじゃないんでしょうか…。「はい、みんなでやりましょうね」だけで一体どれだけの人がやるのか…こういうとこも疑問ではあります。

個人的な考えですと、自分はテレビもゲームも小説もアニメも音楽も全部同じもんだと思ってます。見聞きしたり感じたりするのが楽しいから続けてしまう。言い方悪いの承知で言いますと「受け手を快楽中毒にするためのモノ」だと思ってます。「快楽」を「衝撃」に置き換えてもよろしいかと。つまりは受け手に経験したことのない素晴らしいことを経験させる(あるいは過去に感じた衝撃のプレイバックを求めさせる)のが「エンターテイメント」の本質ではないのか、と。そういう衝撃に慣れてしまうと更に強い衝撃を求めるようになります。そういう中毒状態を作りだすのも目的の一つなんではないか、と…。
そこには送り手にも受け手にも様々なスタイルが存在しています。。人間が百人いれば百通りの感じ方があります。…と、こういうのは結構あちこちで聞くんですが…あんたが楽しいと思っても俺は楽しいとは思わねえよ、てな場合も多数あるんですよ、というのがどうも浸透していないような気がします。テレビ番組なんかで流行物を紹介した、として…「テレビで言ってるんだからコレを選ぶのが正しい」という「思考の丸投げ」状態てのも多々ありますし。
…多分そういうテレビの影響力を恐れての↑のような「禁止ったら禁止」なんではないか…と思うのですが。じゃあ、ぎこちない家庭内会話を無理やり続けたり、読みたくもねえ本を読まされたりして、それで小中学生がみんな品行方正になるのかと言うと…やっぱり疑問なんではないか…と。

もっと包括的な、というか全体的なとこでの改革てのをやらんといつまで経ってもただ「やっぱり禁止、あれも禁止」を連発するだけで終わってしまうような。例えば子供が家にいる時間に両親が揃ってるような町にしたい、というのであれば…まず残業を減らす→収入が減る→県内の景気をアップさせるために複数の企業を誘致、あるいは新産業を導入する→予算が足りない→市・県民税を一時アップ→収入が減る…って、あれ? なんだか堂々めぐりしてますな(汗。
それでもコツコツと色々やってけばそういう方向性も見出せると思うのですが…とりあえず禁止にして、なんか、気分的にでも達成感があればそれでいいや、てのはもうヤメにしませんか? どっしりと腰を据えて数年とか数十年単位での改革てのが今は一番必要だと思うんですが…予算とか環境とかでなかなかそういうのが難しい時代なんではありますがねえ…。

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Jun 02, 2008

こういう調査結果

以前、ちょろっとお伝えした「小中学生には携帯電話を持たせるべきではない」という教育再生懇談会の提言ですが。やはりあちこちで取り上げられるようになって、「特別な事情がない限り持たせない方がいいのではないか」というような流れになりつつあるような状況になってきる…ような気もします。
一方でこういう調査結果もあります。子供の携帯使用:政府が取り締まるより教育の充実を(iza!)…ヤフーが子供を持つ家庭(小中高大学生を第一子に持つ家庭)の保護者を対象に行なった調査の結果、となっています。

…例の懇談会のとはまた違った方向性が出てるわけですが…。
前にも書きましたけど個人的には何が何でも全部禁止、てのはどうかなあ、と思ってる方ではあります。有効利用も危険な利用も両方できるデバイス。それを「危ないから」で切って捨てるってのなあ…。
そりゃあ、子供を持つ家庭の一員というわけではないので、ケータイから忍び寄る魔の手とかそういうのを実感してるわけではないんですけど。でも何らかのチャンスの芽を摘んでしまうのはどうなんかなー…とか思ってしまうわけです。なんか、もったいない。
やっぱりフィルタリングの強化とかそういう方面でどうにかできないもんなんでしょうか…?

でもたしかに行き過ぎた使用してる小中高大学生てのも実在してるわけで。自分でケータイ代支払ってるわけではなく全額親におんぶにだっこ(最近は定額制があるんで昔ほどひどくはないらしいんですが)…てのもなあ…あんまりだとさすがにそりゃ親も怒りたくなるでしょうし。四六時中携帯手放さない子供なんてのも、ねえ。人が話してるそばで携帯いじくりながら「ふん、ふん」なんて適当な相槌だけで視線も合わせなかったりとか。…そこまで行き過ぎると逆に規制しろよ、とか思ってしまいますけども。

こういう規制論てのは親や政府の「不安」もあるんではないんだろうか、とか。実際、子供に携帯やネットでやってることを逐一説明されたとして、一体何割の大人がそれを完全に理解できるんだろうか、と。ほとんどの場合で「よく分からない」となっちまうんではないか、と。そういうところから来る「不安」、相手を理解できない「不安」から「じゃあ全部規制しちまえ」になってくるんじゃないのか…と。
今大人になってる連中だって自分たちがガキの頃は「大人は分かってくれない」なんてうそぶいてたもんなんですが。まあ、そういうのは昔々からの慣習?なんで仕方ないっちゃあ、仕方ないんですが。

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May 23, 2008

消えてなくなる

富士山の永久凍土の下限が、この30年間で約300mも上昇(iza!)。つまりは少しずつ、少しずつ下から溶けていってしまっている…ということなんだそうであります。

永久凍土、とは読んで字の如く「いつまでも凍っている土」となります。夏が来ても氷がゆるむことのない大地、という言い方もできますか。フツーに日本で暮らしてる分には当たり前ですが意識することはまずない世界ではあります。
南半球の方は高緯度地域にあんまり陸地がなかったりするんですが…北半球の方はユーラシア大陸のいわゆるシベリアもそうですし、北欧の国々だとかアラスカとかカナダとかグリーンランドとか結構そういう地域が多いものではあります。
そういう地域では見ることのできる永久凍土。そうなるともちろん作物なんかも容易には栽培できませんし、例えば埋葬なんかも困難になってきます。色々と不都合も多い永久凍土ではありますが、地球温暖化に関して一種の指標となってる向きもあります。

実は北極の地下には豊富な鉱物資源が眠ってます。で、昨今の温暖化の影響で永久凍土のみならず北極の氷も減少している、とされています。では今が開発の絶好のチャンスではないか…と各国が虎視眈々と狙っているとかそういう話もあります。…人間てのはしたたか、と言うかなりふり構わない、と言うか…。
富士山の方もこのままいけば永久凍土消滅、というのもあり得るんだそうで。富士山の永久凍土てのはもちろん山頂にもあるわけで。今後の影響次第によっては3776mの標高にまで関係してくる…のかも知れませんが…。

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May 19, 2008

とりあえず食ってみる

というのが自分のやり方ですか。
頭の中を「整理整頓」するノウハウ本に脚光集まる(iza!)…記事中では「うまく忘れる」「特徴的なノート法」など色々紹介されてます。たしかに様々で雑多な情報があふれ返る昨今。上手に整理整頓できればそれにこしたこた、ないんですが。

…どうもそういう「整理」が苦手な方でして。カタチのない「情報」でもカタチのある「物体」でも似たようなもので…だから部屋ん中ぐっちゃぐちゃ、なんではあります。以前に比べて必要のないモノは最初から買わない…とかそういう感覚?が身に着いてきてるんで一昔前の自分の部屋よりゃマシになってるんでは、とか思ってますが。
「物体」の方はそうやってなんとか部屋のキャパシティと折り合い?つけてるんですが「情報」となると。なまじ実体がないもんなんで際限なく詰め込もう、としてしまいます。
で、ここんとこ…と言うか基本的にずっとこういうもんかも知れませんが…とりあえず頭の中に入れてみる、詰め込んでみる、というのが自分のやり方になってます。興味あるなし有効そうか無効そうかなんて考えずにひたすら詰め込む。一回「食べる」と言ってもいいかも知れません。そして体の中を通して消化させて「何か」が残っていればそれでよし、残らなければそれは残念、と…。
実際には断片的にでも「何か」が頭の中に残れば御の字ではあります。その「何か」と新しく「食って」みた「何か」のかけら同士がどっかで結びついてくれたりすると、さらに新しい「何か」になって自分の中に残ってくれたりもしますし。

ただ、この方法ヒジョーに効率悪いです。
「食う」という行動そのものにエネルギー使いますし。「何か」が残らない方が多いですし。時間もかかりますし(数ヶ月単位で考えてます)。でもそれこそ記事にあるような「整理法」だとか「文章の分析法」とかそういうのも、どうも、しっくり来んのです。いくつか試してみた時期もあったのですけれど、結局は「まず食って消化してから何か残す」というやり方に落ち着いてしまったりして。だからテレビでもネットでもなるべく大量に「食う」ことにしています。そうでないと「何か」が残る確率?が低くなっちまうもんで。
…まあ、こういうのは人それぞれなんかなー、とは思いますが。あるいは他人に勧めるもんでもないのかも知れません。スタイルてのは千差万別十人十色なんですし。

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May 18, 2008

大衆迎合?

博報堂生活総合研究所が世界の8都市で環境に関するアンケートをとった結果、東京では「温暖化への危機を感じている」が88%で最高値、しかし「温暖化防止のために便利な生活を犠牲にするのはイヤ」も42%で最高値(Yahoo!:毎日)…つまりは「東京の人は『環境意識は高いけれど実際に行動には移さず』ではないか」と記事ではしています。さもありなん、と言うか何と言うか。その辺に人間の本音と言うか本性が表れてるなあ、とか思ってしまいますが。
環境やらエコやらが定着しつつある昨今ではあります。これが今から20年とか30年とか昔だったら「環境の保護? 寝言言ってんじゃねえ」とかあっさり切り捨てられそうな。発展していくのに地球や周囲のことなんか考えてられっかよ、というのが当然のような風潮で(環境保護活動てのはそれより以前から始まっていた、とどっかで聞いた気はするんですが)規制も何もなしに有害物質やら炭素ガスやら垂れ流していた時代ではあります。…その頃からすれば水も空気も段違いにキレイになって、皆が周囲のことを考えるようになってきてるんではないか…と思うのも今日この頃だったりします。

が…やっぱりなんか違う方向へ走るヒトもいるわけで。個人的に「個人環境テロリスト」とか「環境エゴイスト」とか呼んでますけども。
例えばレジ袋削減、ということでマイバッグ持って行く人がいます。これは、まあ、特に問題あったりするわけではないんですが…仲間内で持ってこない人がいると「意識が足りない」とか文句垂れたりして。当然その人の事情なんか考慮しませんわな。あるいは店員サンが袋に商品を入れると無言でその場で袋を投げ返すヒト、とか(つまりはレジ袋はいらないという意思表示ができない)。何だか「環境保護してるんだから自分はものすごくエライ」とか言いたげなヒトが増えてるのもまた事実だったりします。

…こういうのはそれこそ20年とか30年とか前の「環境保護とか寝言こいてんじゃねえ」の裏返しなんではないかと。そういう時代時代の「流れ」があるのは当たり前なんですが、それに乗っている限り自分はエライ、そうでない奴はダメなやつだ…とそういう性質が非常に強いヒトってのが…まあ、いつの時代もいるもんではあるわけですけども。
特に日本人はそういうのが顕著なのかなあ…と思う時もあります。だから東京の人のアンケート結果も「意識はあるけど行動しない」になるんかなあ、と。もし誰か有名人とか著名人が率先してやったらみんなやるようになるんかなあ…とか思ってしまったりするわけです。

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May 13, 2008

暑いのか寒いのか

年々地球の気温は上昇している…とされています。そういう気温関係てのは結構デリケートなもんですから、暑くなってしまうと何かと不都合が起きたりするもんではあります。…でも、そういう「温暖化」を逆手にとってビジネスチャンスとしてしまう企業もある(iza!)ようではあります。…人間てな、なかなかにしぶといもんでもあります…。

自分も植木をいくつか持ってるもんで…暑さに対しても色々とあったりします。
サンパチェンス(サカタのタネ)
マンションなんですが窓が西に向いてます。てことは日中は日が差さず夕方になって直射日光が情け容赦もなく降り注ぐ、という…なかなかにややこしい環境。しかも夏の日中はエアコン使う関係もあって外のベランダは酷暑状態。…暑さに強いのならいいんですが、そうでもないのだと確実に枯れてしまいます…。
そこで完全に室内置きにしてしまってます。しかも耐陰性があったり日影を好むようなのばかり揃えて。たしかに見栄えはあんまし良くないんですが(日中の光量がどうしても足りないんでみんな窓の方へ窓の方へと伸びてしまう)ここまで色々やってるんでなんとしてでも最後まで付き合ってやろう…とか考えてます。あれこれいじるのは結構楽しいもんですし。

しかし…暑さと言えば逆にここんとこの寒さはどうにかならんもんなんでしょうか…3月の中旬とか下旬とかテレビの天気予報では言ってましたが。てことは…2ヶ月くらい逆戻りしてるってことですか。まあ、もう数日したら平年どおりになるんでは、ということですが。
やっぱり適正?な気温の方がいいのかな、とかそんなことを思ってしまったりしてます…。

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May 07, 2008

あるいは一番手っ取り早い

かも。
子供に「読み聞かせ」ることで親子共に脳内が活性化(iza!)…読んで聞かせられてる子供の方だけではなく、読んでいる親側の脳も活性化しているのでは…とのことです。普通に読んでいるのではなく「相手」がいる、ということに違いが出てくるのかも知れません…。

あるいはこういう風に「読んで聞かせる」というのと「親が読んでる姿を見せる」というのが、子供が本を読むようになるには一番手っ取り早いんではないか…とか思ったりしてしまいますが。
いわゆる「活字離れ」が叫ばれて久しいわけですが。…この本はためになるからさあ読め、そんなくだらん本は読むな、オレは読んだことないけどこの本はいい本なんだ…とか、そんな風に無理に活字に触れさせよう、とするくらいなら定番モノでもいいから読んで聞かせてみたらどうか、ということではあります。さらに親もほとんど本読まないような環境で、子供が意欲的に活字を求めるか…と言えばそれはどうなんだろうか、と。
無理やり活字に触れさせてもそれが逆にマイナスに働くなら(学校の読書感想文がイヤで本嫌いになった、とか)それは意味ないんじゃないんでしょうか…。

自分の場合は読んで聞かせてもらってた記憶があります。でも親が本を読んでたか、と言うと…あんましその辺の記憶がなかったりして。基本的に本好きの人間てのは知らないうちにでも周囲に本が蓄積してくもんなんですが、そういう光景がなかったような。…でもこうやって活字に抵抗のないオトナになるこた、なってます。
まあ、万事が万事みな同じように進むわけではないんですけども。
しかし、子供に読み聞かせることで親の脳も活性化するのならそれはそれでまた別の効果も期待できそうではあります。いわゆる「脳トレ」系ゲームに通じるものもありますし。…でも一番の効用は記事中にもあるように「読み聞かせは親子の絆(きずな)をつくる」(「」内↑元記事より引用)ってことなのかも知れません。

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May 05, 2008

やっぱりなんか違うような

最近多摩川で捨てられたペットと見られる「外来魚」を多数発見、生態系への影響も懸念(Yahoo!:産経)…少し前からその傾向があったんですが…最近また増えてきたようではあります。コトは首都圏の多摩川だけではなく。全国でもこういうことは起きていたりします…。

「最期まで面倒見ろ」
基本的にはコレしか言いようがないわけですが。ただ、一部で指摘されているような「売りたいがために十分な説明もせずに大型魚の幼魚を売りつける」ショップであるとか…あるいは↑記事にもあるように「ゲームフィッシュとして繁殖目的で放流を繰り返す」ちょっとアタマの変な釣り人とか。…そうなるとまた別の言い方が必要になってくるのかも知れません。
一応、と言うか。日本の河川や池や湖では熱帯系の魚は冬を越せない、とされてきました。
実際熱帯系の魚は気温が下がると一気に調子が悪くなって、死んでしまいます(日本と緯度の近い温帯系の魚は大丈夫なんですが…↑記事中のガーパイクやノーザンパイクとか)。それが一部の河川では生活排水や工業排水なんかで常時気温の高いスポットがある…という話になってきたのは数十年前からでしょうか。小型魚の繁殖が確認されたりもしたものではあります。
しかし。排水が規制されるようになったのか…しばらくはそういう話も聞かなかったんですが(実際はまだまだ生き残っているらしいんですけども)…ここんとこまた聞くようになってきました。それも大型魚ですかい…。

魚を飼う、というのはある程度の設備投資があればそれほど難しいものではありません。そりゃ、高いのは天井知らずでン百とかン千万とかしますけどそういうのはめったにお目にかかれません。大型魚を飼うのだってフツーに会える魚そのものはどんなに高くたって万単位の話で、大きな水槽と浄化装置を合わせたって…何十万、とはいかないのではないか、と。
…以前なんかで代議士が逮捕されて。その息子が熱帯魚マニアだったらしく「億単位を魚に使ってました」とか報道されてましたが…一体何に使ったんだろうかと当時不思議に思ったもんではあります。逆に現在ならそれくらいかかるかも、てのはありますが。輸入規制やら何やらで異常に値が張るのがいるのも事実ですし。

しかも問題は魚だけではなく。魚よりもさらに設備投資の安い「鳥」ですとか「哺乳類」なんかでも似たようなことが起きています。…今でもいるんかなー…多摩川のセキセイインコ群やワカケホンセイインコ群。元々集団で生活するタイプだとカラスや何かにも襲われにくく、繁殖しやすい種類だとあっという間に二世三世が生まれてしまう、という…。
ある意味では当たり前なのかも知れませんが…将来的には当たり前に要にそういう魚が泳ぎ、そういう鳥が飛んでるのかも知れませんが。…やっぱりなんか違うような気がしてます。土着の種を守るとか生態系が、とかそういうのではなく。こっちの勝手な都合で無理やり連れ回しているような、なんかそんな感じで。
…まあ、ペットなんてのはそもそもがそういうもんではあるんですが。

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Apr 30, 2008

イヤなスパイラル

現在のようなバイオ燃料の急速な利用拡散は世界の食料問題に多大な影響を与えるだろう(Technobahn)…まあ、何を今さら感がめちゃくちゃ漂ってきますが。世界はもちろん日本でも様々な品が値上げの嵐の真っ最中ですが(ガソリンはまた事情が違いますけども)その大きな要因の一つ、とされているのが「バイオ燃料」になります。そもそもは環境にイイ、枯渇しつつある化石燃料を保護?できる…ということで各国で研究や開発が進んでいた「未来の燃料」だったのですが。
…何がどこでどう間違ったのかかえって高騰した挙句に色んなとこに影響を及ぼしまくる、という結果になってしまっています…。

前にもちょろっと述べたんですが。この「バイオ燃料」、原料はトウモロコシなどの農作物になります。
考え方の一つとして「植物は成長過程で二酸化炭素を吸収する。だから植物由来の燃料の二酸化炭素の放出量は差し引きゼロになる」というのがあります。…個人的にはなんだかちょっと怪しいなア、とか思っておるんですが。化石燃料だって太古の昔の生き物の残骸?なわけですし。その頃吸収した二酸化炭素を今排出してる…というわけにはいかんのかな、とか(実際はそうカンタンなものではなさそうなんですが)。
その辺は門外漢が個人的にちょっと思っただけ、なんですが…。

で、その「バイオ燃料」を作るために必要なトウモロコシが足りない→じゃあ別の作物の畑ツブしても作ろう→まだ足りない→トウモロコシの値段が上がる→もっと他の畑ツブそう→今度はその作物が足りなくなる…例えばコレで激減した作物にオレンジというものがあります。中南米辺りでオレンジからトウモロコシに鞍替えした農家が続出。そのため日本でもジュースを値上げ…それも他のオレンジではないジュースも値上げ、という結果になりました。
さらに拍車をかけたのがオーストラリアの干ばつでしょうか…小麦の値段の異様な高騰、というのはこっちの要因の方が強いのかも知れません。何せ今年だけの問題ではなくここ数年の問題になってきてる、とのことですし。

モノが少なくなればその値は上がります。そうすると皆がそのモノを生産しようとする。しかし諸事情あってそう簡単に生産できるもんではない(トウモロコシの場合土地がない、とか)じゃあ、どっか無理してでも作ろうじゃないか…と。
大抵の場合はモノが少なくて値段高騰→過剰生産で値が下がる、を繰り返すもんなんですが。今回の件はどうも長引きそうで…その辺がどうにも心配ではあります。乱暴なことを言えば一旦バイオ燃料生産を止めてみる、とか…しかし逆に言えばここまで発展してきてるのに水を差すようなまねは、ちょっと…とか。
まだまだ続きそうな値上げ攻勢ではあります。…でもなあ…もし何かでいきなり事態が好転したとしても…一度上げたもんを下げる、ってことはないんでしょうねえ…。

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Apr 06, 2008

二つほど 4/06

今日はテクノロジー?関係で二つほど。

一つ目。目と耳が不自由な人たちのために「点字」で会話できる携帯、開発(Yahoo!:毎日)。これは「話す側」が数字キーを点字に見立てて押すと、「聞く側」に振動で伝わる、というもの。日本語版のモールス信号を伝達できる携帯、といったところでしょうか…。
目の不自由な人なら「通話」で、あるいは耳の不自由な人なら「メール」で…と携帯電話というのはそういう方面で役立っているところもあるんだそうで。しかし、目も耳も不自由な人たちはどちらも使えない。…それでもかのヘレン・ケラー同様「触覚」で意思を通じ合うことはできます。これもそういった分野では非常に役立っていきそうではあります。
ただ…写真見る限りではまだまだ小型化が必要なようで。それでも技術的には不可能ではないんではないか、と。ゆくゆくは携帯電話に標準装備…とまでいきますかどうか。

二つ目。甘利経産相が2012年までに全ての白熱灯を蛍光灯に入れ替えると表明(Yahoo!:毎日)。これは家庭内での「省エネ」に拍車をかける目的もあるもので、同時に国内での白熱灯の生産・販売も中止させる予定…と。ただし、別に強制力があるものではないようなのですが。…そう言えば以前オーストラリアで白熱灯が禁止される、ってな話を「あれこれ」で書いたような。たしか…あっちは2010年まででしたっけ。
ご周知の通り白熱灯より蛍光灯の方が消費電力も少なく、寿命も長いです。白熱灯から電球型蛍光灯への入れ替え、てのはあちこちで推奨されてます。しかし…まだまだ問題も多いのもまた事実。例えば値段。白熱灯なら100円ショップ行けば2コ買うことができたりしますが、電球型蛍光灯だとそうはいきません。1コ千円弱、とかそれくらいの値は普通です。さらに電球型蛍光灯は明るさを変えられる機器には使えない、とか、点灯してもすぐには明るくならない…とか。さらに構造が構造ですんで作る側もそれなりの設備が必要になってしまいます。
…まだちょっと早いかな、という気もしますが…使えるところは蛍光灯に換えてくださいね、くらいでも良かったんじゃないのかな、と。昨今の「環境ブーム」てのはなかなかに侮れないところがありますんで、無視はできないんですが…まだ、そう簡単にはいかないもんではないのかな…と思うのですが。

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Apr 03, 2008

としょかんあれこれ

図書館。…近場にあれば行くのかも知れませんが…なかなか行かないなあ…。
一方で最近の図書館には変化が起きているんだそうでネットでの予約開始、ビジネス支援サービス開始、などなど…本を貸し出す場だけではなくなりつつある(iza!)んだそうであります。
…ただ…↑これは東京都は江東区の図書館のおハナシなわけで。地方へ行くと図書館を作るスペースも予算もないってんで「移動図書館」なるものが巡回してるとこもあったりしましたが…今でもやってるんだろうか、ああいうサービス。

自分は基本的に本を「借りる・貸す」という行為があんまり好きな方でない人でして。…これは学生時代、寮に入ってたんですが、ああいうとこだと勝手に本を持って行かれて勝手に売られる、なんてことが当たり前に起きてまして。多分当時持ってた本の半分近く、そういう末路を辿ってるはずなんで…その辺からか「厳選して新品や中古を買って完全に自分のモノにしてしまう」というスタイルに落ち着いてしまいました。だから友人や家族に「これ貨して」と言われると、相当に大事な、あるいはめったに手に入らないやつでない限りあげてしまってます。貸すことはほとんどありません。…言い方、ヘンですけどその方が後くされがないもんで…それに、その時に自分の手元から去って行ってしまっても、縁があるんならまたどこかでめぐり会えるでしょうし。
…そんなわけで「図書館で借りる」というのもなんだか抵抗があったりして。しかも自分、本を読む時…特に長編だところころ体勢を変えるクセがあります。座ったり寝転がったり。…そんなん、図書館でやったらヤバイっす…。

それでも図書館に行くとよくある「古い本の匂い」というのはたまらなく好きな方だったりします。この辺、どうにも矛盾?してるようなんですが…図書館、という場所は嫌いではないのです。ただ、「本を借りる」という行為がどうも…というだけなので。元々本は好きですし。
だから何かで、ふと、図書館行った時は並んでる背文字だけ、じー…っと眺めてます。面白そうなのはちらっと立ち読み。すぐ戻す。図書館内で読むことはまずないです。そりゃ、娯楽以外の例えば絶版の資料で、ここでしか読めない…とかなら話は別ですが。ちら見して、それで面白そうだったら余裕のある時に本屋行って買う、と。
…ある意味イヤな利用客だなあ(笑。

ところで…↑記事内では「日本は先進国と比べて図書館が少ない」という指摘がなされています。まあ、そういうのは簡単に比べられないんではないかい? とも思うのですが。
日本てのは実は結構大量に書籍を消費している国だと思っているのですが。マンガ雑誌だけではなく文庫本を電車内で読んでる若い人、というのは結構います。様々な本の発行部数だってそれなりにありますし。…別に書籍に親しんでいないわけでもないんですし、無理に図書館増やそうとしなくても…と。必要なら自然と増やしてくれ要求も増えていくんではないか、と。
そりゃ、大量の資料の蓄積とか、知識の宝庫としての図書館の役割てのは分かりますけど…外国と比べることなんかな、お国の事情てのはそれぞれなんじゃないのかな、と思ってしまったわけです。

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Mar 22, 2008

ざいしつのへんか

とは言っても中身ではなく外側ですが。値上げもしましたけど…まだまだ根強い人気商品ではあります。
日清食品が「カップヌードル」の「カップ」の材質を従来のポリスチレン製から、より環境に配慮した紙製へ変更すると発表(Yahoo!:産経)。その紙製容器は「ECOカップ」と呼ばれ、さらに環境に優しいものなんだそうで。
~発売37年目の大革新~「カップヌードル」、新開発容器「ECOカップ」へ
「地球のために」「みんなのために」「おいしさのために」
(For Ecology) (For Customer) (For Originality)   (日清食品ニュースリリース)

そう言えば日清食品と言えばこういうのもありましたが。
日清CUPNOODLE | カップヌードルリフィル
これは「マイカップ」とでも言うべき容器が入ってる「スターターパック」をまず買って、それから「詰め替え用」を買えばその後ごみとなるカップは出ない…というコンセプトになっています。当然ですが詰め替え用は普通のものよりも安かった記憶があります。
…記憶があります、てのはコレ買ったからで。元々袋めんは買ってもカップめんの類はあんまり買わない方で…まあ、話のタネと言うかどんなもんか一度見てみたくて買ったようなものでした。
モノとしては…「マイカップ」は底面にゴムが貼ってあったりしてなかなか重厚?なつくり。別途フタがついていてそれで蒸らすことになります。当時のCMでもやってましたが内側をひねれば外側(透明)と分離できるので、そのすきまへ規定の大きさの紙を入れれば本当の「マイカップ」の出来上がり…なんですが…食べた後に洗うとどうしてもそのすきまへ水が入ってしまいます。買った当初にはそこへオリジナル?の紙が入れてあったんですが、結局汚れて捨ててしまって最終的には地味な外見になって戸棚にしまってあります。
…なんだ、使ってないんかい、と思われそうですが。
なかなか詰め替え用が売ってないのが現状なわけで。当初はいくつかあったんですが…売り切れてしまうともう入荷しない状態。他の社はそういうことやらんようですし…。

まあ、そもそものコンセプトが「お湯さえあればどこでも食べられる」的なものだったのでしょうし。カップの材質が変化したのとリフィルが普及してないのはまた別問題だとは思うのですが。職場にリフィル用のマイカップが並んでてお昼には詰め替え用買ってきて食う、という風にはなかなかならないでしょうし。もしかしたら今後はそういうのが当たり前になるのかも知れませんが。
まだ当面は普通にカップヌードル買ってきて「なんか容器の手触り違うなあ」と思うくらいなんではないか、と。それでも企業努力というのはまだまだ見えないところでも続く、と…。

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Mar 14, 2008

二つほど 3/14

学校?関連?で二つほど。

一つ目。今年は80回目の記念大会となる選抜高校野球大会、通称「春のセンバツ大会」の組み合わせが発表されました(Yahoo!:毎日)。開始は3/22で13日間の熱闘が期待されております。
各都道府県から代表が出る「夏の甲子園」とは違って地区ごとに「選抜」された36校が争うことになります。…それでもやはりこういうのは何か関係のあった…例えば昔住んでいたとか親とか親しい親戚の出身とか…そういうところについつい目が行ってしまうものではあります。
自分の場合ですと昔住んでた所のスポーツ校(常連と言えば常連)が出てたりとか、知り合いの息子さんが通っている学校が今住んでるところの代表になったり、とか…結構色々あったりするもんではあります。

二つ目。岐阜の公立高校入試で黒板に答えが(Yahoo!:毎日)…「ケッセキ」という漢字を書け、という問題で、ふと、目の前にある黒板を見たら「欠席○名」という文字が…と。
調べてみたら黒板だけではなく机にもそういう文字が書かれてたケースもあったんだとか。…公立高校の入試なんで各高校の教室がそのまま使われます。で、高校によっては出欠状況を黒板に書くところもあるんでこういう事態に繋がった、という…なんだかおバカな話ではあるんですが。
この問題に関しては全員を正解とするんだそうで。
…出題したヒトはついうっかりでこんなことしたんかなあ…でも、実際はこういうのって結構ありそうな気がしてるんですが。「セイリセイトン」を漢字で書け、って今月の標語は「整理整頓」て大きく書いてあるやん、とか…。

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Mar 11, 2008

「ねーよ」とは言いませんが

政府は3/11、図書館のサイト開設率引き上げや読書環境の「地域間格差」を是正する…などの基本計画をまとめました(iza!)
最近よく言われる「活字離れ」を防ごう、ということで例えば図書館のサイトをもっと増やすとか。あるいは公立図書館のない自治体に整備を促すとか…つまりは活字に触れる機会を増やそう、というのが目的なわけで。
…それ自体は別に取り立ててどう、ということではないとは思うんですが…。
乱暴かつ個人的な私見を吐くならば…図書館サイト増やすくらいなら本の価格下げるような公的支援でもやった方がまだいいんじゃないの? 安くなったらみんな買うさ…とかそんなことを考えてしまったりしますが…。

いわゆる「活字離れ」が進んでいる、てのは結構前から言われていることではあります。
本を読まない。字を見ない。よくあるのが「この一ヶ月で本を何冊読みましたか?」というアンケートでしょうか。で、結果は大抵が「○人の人が一ヶ月に一冊も読まず~」となって「本を読みましょう」となる。…自分が言うのもなんですけど…そんなに無理に読むべきもんなのかなあ、とか思ってしまっていたりします。
ゲームやアニメ至上主義というわけではないのですが。
以前にも書いたような気がしますけど…活字や動画、絵画や音楽てのはそれぞれで楽しみ方が違います。で、活字は「構成」を楽しむ媒体です。モノとしては文字しかない(挿絵がある場合もありますけど)んで、そこからあれやこれや想像したりして楽しむ。受け手が持ってる知識や知恵によって発展や展開が違ってくるのが特徴ではあります。
昔、子供の頃に読んだ童話を大人になってから引っ張り出してみると…えらく印象が違うなあ、こんな話だったっけ? となったりします。これは年月によって受け手が変化したからで…こういうのも楽しみ方の一つではあります。
一方でマンガやゲームなどは「直感」で楽しめます。…やってるこた、変わらんのですが。何らかの刺激を受けてそれを脳内で解釈してく、てのは一緒ですから。ただ、こっちは余計な脳内変換をそれほど必要としない場合も多く、見たものそのままをダイレクトに楽しめるようになってるんで活字ほどややこしくないのが特徴でもあります。

やっぱりそういう「直感」的な方がカンタンなんで皆、そっちへ行くわけで。それはまあ、当然だとは思いますし…活字が絶対、というわけでもないと思うんですが。文字を読む場合は自分の「構成」力がモノを言いますんで、そういう能力が身に着くことは身に着くんでは、と。ただ…こういう「楽しむこと」てのは「将来のため」とか「なんかの役に立つから」とか付加価値みたいなの付けていくと、本来の姿とは全然違う方向へ進みそうな気もしています。
娯楽なんて役に立たないのが当たり前なんじゃないのかなあ…結局はヒマツブシなんですし。
一昔前にはフツーの小説だって「これは大人が読むもの」みたいなくくりだってありましたし、これは自分の勝手な推測なんですけど文章を娯楽として読むなんて、なんて下品な…とかそういう風な時代もあったんじゃないのかな、とか。
今はあんまり地位?の高くない娯楽だってあと百年もすればその地位?が上がってるかも知れません。「昨今のゲーム離れを憂う」みたいな時代だって来るのかも知れないんですし。

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Feb 29, 2008

ペットボトルをまた使う

環境省がペットボトルの「デポジット(預かり金)制」導入の方針を固める(Yahoo!:毎日)…これはどういうことかと言いますと…ペットボトル飲料を買う際:あらかじめいくらか上乗せした金額で買う→中身を飲む→ペットボトルを返却すると上乗せした金額分が返ってくる…という仕組み。金額的には大した額ではないのでしょうけど、捨てられるペットボトルも減るんではないか、ということで期待が集まっています。ドイツではすでに実施されているとのこと。
…ただ、当たり前ですがいくつか問題もあるわけで、「環境のため」というだけではなかなか浸透しそうにないのもまた事実ではあります。

まず…これも当たり前のことですがペットボトルの値段が上がります。後で返ってくるんならいいじゃないか、というわけにはいかないような。返すつもりなんかない人にとってはただの値上げにすぎなくなるわけですし。
そして、どこで回収・返金するのか。小売店に任すつもりならキチンとしたガイドラインが必要になります。しかも回収したペットボトルを再利用するためにメーカーに返す作業とか。そういう一種の物流整備めいたことまで必要になってきます。現行のリサイクルのラインをそのまま利用する、とかそういうわけにはいきませんし。あれはただ「回収」してるだけで「返金」なんざできません。
…一応今でもやってるこたやってるビンの換金。これが形態的には一番近いものになりそうなんですが…これを大規模に復活させて整備して…なんてできるんだろうか、とやや(かなり?)不安ではあります。
それから…今までのリサイクル事業はどうするんだ、と。実は国内で回収されたペットボトルが「輸出」もされてる、なんて話もありますが。デポジットがうまくいくようならリサイクル事業もかなり縮小されてしまうんでは、と思うのですが。

…個人的にはペットボトルてのはそのものを再利用するのは難しいんでは…と思ってます。↑記事中にもありますが現行の質では複数回使用というのは難しいということで研究会を立ち上げる、となってますけど…肉厚にして耐久性を上げる、というのもなんだかペットボトルの特性を殺しているような気がしますし。
リサイクルの更なる推進、というわけにはいかないんだろうか…と。そう強く思うわけです。
↑記事によれば全体の66%のペットボトルがリサイクルされている、とのこと。でも…66%なんでっせ…見方によってはようやくの半数越えにしか過ぎないわけで。もうちっとこっちに力入れてもいいんじゃないのかなあ…と。

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Feb 20, 2008

ある種の温度差

みたいなものがあるとは思うのですが。
ロンドンのケン・リビングストン市長がボトル入り飲料水ではなく水道水を飲むよう主張(Yahoo!:ロイター)。水道代よりもボトル入りの水の方が安いのは明らかなわけで。たしかに環境への配慮やら何やらが出てくると「たしかに」となってしまうのですが。

元々日本てのは水資源が豊富、と言われていて「水を買う」なんてあり得ない、とされてました。が…海外へ行くとこれはまた事情が違ってくるわけで。欧米では当たり前に「水を買って」ます。これは水質の問題なんかもあってある意味当然ではあります。個人的には安心できるから買ってるんじゃないのかな、と思ってたりして。欧米、と言っても様々な地域があって特性も様々。水が合う、合わないで困るくらいなら最初から品質一定なものを買った方がいい、とかそういうことなんじゃ…と。
…日本ほど「水」と「安全」が簡単に手に入る国はない、とかそんな感じのフレーズもあったりしたような。
当たり前に「水を買う」ところから日本へそういう習慣が輸入されてきたわけで、今ではスーパーやコンビニなどではかなりの数、水が売られてます。当初は「売れるわけがない」と反対ばかりだった…とかそんな話も。もちろんただ置いただけでは売れるわけはないので、営業努力とかテレビ番組の力とかもあるわけですが、それはそれでアリなんでは、と思ってます。

ただ、日本では「そんなもんだろ」と思われててもイギリスでは違うのかなあ…とか。向こうの水道水事情てのはよくは分からんのですが日本とはまた違った事情があるんでは、と。ただ…なんでリビングストン市長はそこまでボトル入りの水を嫌うんかな、と若干疑問ではありますが(水道関連と関係がある、と記事には書いてありましたが)。

自分は時々買うんです、水。ヘンな味もついてませんし(水だから当たり前かも)。タバコやめた直後に味覚と嗅覚がいきなり鋭くなって、その頃に飲んだ水の美味さ、というのがどうにも忘れられない、というのもあったりしますが。あー…あれは美味かったなあ…。なんか、それまでの自分がえらい損をしていたような気分になった記憶があります。

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Jan 26, 2008

その課外?授業?

東京都杉並区の和田中学校で、希望生徒を対象にした塾講師による夜間の講義「夜スペシャル」(有料)がついに始まりました(Yahoo!:毎日)…まあ、今回は土曜ということで昼間にやったようですが。
当初の開始予定日だった1/9のほんの二日前に都教委から「ちょっと待て」とストップがかかり、公的な学校でンなことしていいんかい、いや、最近の生徒の学力低下なんかを考えたらこういうのもええんやないかい…と各方面で物議をかもしておりました。

ええと…どんなもんなんでしょうかね、こういうのは。
舞台が公立中学ということで、これがもし私立の中学で塾講師を招いての特別講義を別料金でやりますよ…てなことだったら別に問題にはなってなかった…のかどうか。公立の、皆に均等に教育の機会を与えるべき立場だから問題になった…んだろうか。
「こういうことが続くと生徒が学校の教師と塾講師のどちらを信用していいのか、分からなくなるのでは…」
生活全般に関係する「学校教師」と学力指導オンリーの「塾講師」の立場の違いからそういう声も出ているようですが。…そこまで来ると一種の勘ぐりすぎ?のような気もしますが。親も含めて気に入られれば、あるいは尊敬されれば信用は勝手についてくるんでは、と。

個人的には「別にいいんでない?」てなとこなんですが…これはやっぱり子供持ってない独身だからかなあ、という気もします。「夜スペ」の費用は普通の塾費用より安いんだそうで。さらに地域によってはもっと安価で塾の講義が受けられる制度てのもあるんだそうで。…塾の方だって少子化やら何やらで大変なわけで。生き残りをかけて色々やってるもんではあります。
安く質のいい講義が受けられるんならそれに越したことはない…。
んが、場所が「学校」だってのがネックですか。小中学校の義務教育期間中てのは基本全てが無料になってます。そんな中に「有料」の講義を持ち込んでいいのか、と。その辺の話が出てくると「別にいいんでは」と簡単には言えなくなるような。コトは学校の本質にまで絡んできそうではあります。

ただ、学力とかそういう面から言えばどんどんやった方が良いんでは、と思いますが。「学校の勉強もだけど、塾の受験用の勉強なんて生きてく上では何の役にも立たねーよ」とか言われそうですが…学んだり知ったり触れたりすることにはそもそも意味なんかないわけで。あんなものはただの「材料」に過ぎんのですから、そのままでは何の役にも立たなくて当然では