09/16/2018

方策は色々あれど

結局は「目の前の質量」か・・・?
「電子書籍より紙の本を買ってもらえるとうれしい」漫画編集者の意見に賛否(Yahoo!:ねとらぼ)。まあ・・・そんなもんだろうな、と正直なとこ思いますが。これまで生きてきたうちで「紙の本」「電子書籍」のどちらに多く触れてきたか、と言う問いに・・・まだまだほとんど関係者が「紙の本」と答えるでしょうし。
もちろん時代は移り変わっていきます。今後は「電子書籍」も少しずつそのシェアを伸ばしていって、ついには紙の本と肩を並べ、あるいは追い越してしまうかも知れません。
あと数十年もしたら「紙の本より電子書籍を買ってもらえるとうれしい」という発言がやはり賛否両論を巻き起こす、かも・・・?

しかし現状電子書籍はまだまだ未発展な状態であります。・・・何度かこの「あれこれ」で触れてますが・・・何年か前に「今年こそ電子書籍元年だ!」的な発言や記事があっちゃこっちゃにあふれたことがありましたが・・・今、2018年ではどうでしょうか? 時代の最先端だの書籍の革命だの言われてましたが・・・現状はまだまだコレ↑であります。
理由の一つとしては「紙の本至上主義」の人たちがまだまだ多くいることであります。が・・・これは対策はある意味非常にカンタンで、じっと待てばいいのであります。現在電子書籍に慣れてきている若い人たちが台頭する頃合になれば自然と馴染んでくるはずであります。

ただ・・・それまでにしっかりとした「下地」を作っておく必要があります。まずは・・・「普及」なんですが・・・。
・・・いい加減「場」を統一しましょうよ、DVDからBlu-rayへの移行やビデオテープ戦争の時もそうですが・・・プラットホームの統一、というのは非常に大きな要素となってます。
電子書籍もどこで買ってもどの端末でも読めるようにすれば・・・一気に広がると思うのですが。・・・実際、著作権とか海賊本とか問題が色々出てきますが・・・何とかできないもんなんでしょうか・・・?

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06/26/2018

なくて七癖

というのとはちょっと違いますか。
「本に付箋を貼ってはならない!」注意喚起の図書館にホンネを聞いてみた(Yahoo!:FNN PRIME)。・・・図書館の本ですから自分の所有物ではないわけで。それへ「付箋を貼る」というのはちょっと・・・と思いますが、ついついやってしまう人なのかそれとも「これくらい別にいいだろ」という自分勝手な人なのか・・・。
しかしその本が「自分の所有物」である場合、これはかなりの「クセ」が出てくるものではあります。
例えば自分の親父なんてのは「辞書には線を引け」という人でした。覚えた単語には線を引いておく。・・・が、それ繰り返すと辞書のページがどんどん線で埋め尽くされていくので・・・自分はある時からそれをやめてしまいました。・・・その流れから?か「本に線を引く」という行為がどうにも受け入れられなかったりします。

一時期いわゆる「新古書店」で働いていたことがあって、そこでは本の買い取りもやるわけです。
一応、と言うか基本的に本の状態をチェックすることから始めます。・・・すると結構あるんですな「線が引いてある本」というのが。もちろんそういうのは買い取れないのですが・・・中には思い切りページの一部を切り取った本、なんてのも。興味深いことに同じ売り主の本には同じような「線」や「切り取り」がよくあったりしました。・・・まあ、大抵はいらない本だから売りに来たわけで。そこまで覚えていない、というのがほとんどでしょうけど・・・本に対する扱いというのは結構その人の性格が出るものであります。

再び自分の場合。・・・読みかけの本を開いたまま置いても気にしないんですが、コレをうっかり借りた本でやって、その借り主にえらく怒られたことがあったりします。あるいは本のカバーは外さない。・・・当たり前だろ、と思うかも知れませんが、本を買うとカバーを外して裏返して付け直し、そこへ読んで思い付いたことをメモする・・・という事柄がカギとなる推理小説があったりします。・・・多分、そういう人は実在すると思うのですが。
・・・しかし↑いずれの場合もこれらは「自分の本」で、という話であります。
図書館の本に付箋、線を引く・・・というのはついうっかりでもやっていけないことなんですが・・・大丈夫なのかな・・・いや、「図書館での注意事項は挙げ始めたらキリがないためです」(「」内↑記事より引用)というのは色々心配してしまう発言なような気がするのですが。

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10/11/2016

売り方いろいろ

盛岡発「文庫X」全国に拡散中(Yahoo!:withnews)・・・「覆面作家」ならぬ「覆面文庫」であります。中身を試し読みできない、という点ではネット通販でも同じようなものなんですが・・・こちらはちょっと事情が違うようであります。
いわゆる「あおり」文句やブックカバー(しかも手作り感満載)によって興味を引く、という手法。
ただ、こういうのは例えば店独自の「手書きPOP」とかそういうのに通じるものがあります。目を引く、という目的ならこういった「個性」がある方がやはり有利なわけなのですが。

・・・人間、隠されたものをどうしても見たがるものではあります・・・。
オープンにされるよりも隠された方が興味を引いたりします。それも全部隠してしまうと興味を失ってしまいますが、ちょっとだけ見せておいて大方は隠す、という微妙な塩梅だとかなり興味を引いたりするものであります。
その辺の「機微」をうまく突いた手法でもあるわけです。

でもこういうのはあまり多用するとやはり興味失っていくもので・・・「次」をやってやろう、と目論んでいるとしたらそれはやめておいた方がよろしいかと。こういう新しくて有用な売り方、というのはなかなかひねり出せないもんではあるのですが・・・ヘタに柳の下の二匹目狙うよりは全然違う方法を試してみた方がいいのでは・・・と。

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10/05/2016

一年生だけ

小学館、「小学二年生」休刊へ・・・「小学一年生」だけに(Yahoo!:朝日新聞デジタル)。創刊は1925年・・・大正14年であります。これは2年前の1922年に「小学館」そのものが創立しており(その時に「五年生」「六年生」が創刊)「小学○年生(当時は「セウガク○年生」)シリーズの一つであります。
・・・自分がガキの頃は結構流行って?いたような記憶もないではないのですが。何せ自分の家はマンガ禁止だったのでいわゆる「少年マンガ雑誌」の類は全然なく。しかし「小学~」もそこまでガチガチの学習雑誌でもなかったのでやはり現物が家にあった、ということもなかったりしますけども。

すでに「小学三年生」~「小学六年生」は休刊となってます。
「小学~」は例えば「三年生」の初頭から読み始めて学年が一つ上がって四年生になると雑誌も「四年生」に上がる・・・という傾向があるんだそうで。ということは・・・現状ではもうそういうのはできない、ということになってしまいます。
学習雑誌という側面はたしかにありますが同時に様々なマンガ連載もあったりします。かの「あさりちゃん」が36年間にわたって連載されていた雑誌だったりします。
あさりちゃん(Wikipedia)

・・・時代の流れ、と言ってしまえばそれまでなんですが。仕方ない、と言えばそうなんですが・・・やはりさみしいものであります。

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05/31/2016

NEXT

「図書カードNEXT」6/1から発売開始(Yahoo!:Impress Watch)。明日から「NEXT」ということになるわけですが・・・図書カード。「あれ? 図書券じゃなかったっけ?」というちょっと年食った(失礼)人もいるかも知れませんが、額面に応じて本を買うことのできた「図書券」は平成17年10月に発行を終了しています。
全国共通図書カード

現在では裏が磁気式の「図書カード」になってます。これだと「額面通り」ではなく1000円ならそのうちの500円だけ、とかそういう使い方ができます。残額はパンチ穴が開けられ、さらにレシートにも残額が表示されるようになってます。
テレホンカードと同じ表示形式だったわけですが。
それが「NEXT」になると裏面のQRコードを読み込み、サーバーに情報を送る・・・という仕組みになります。このことによって例えばスマホなどで自分でも残額を確認することができるようになります。
ただ・・・全員が全員スマホやPC持ってるわけではないですし。やはり対応している書店に直接持って行って確認する・・・というのが多くなりそうな気もします。以前のパンチ穴だと大体いくらぐらい、というのは分かってたんですが。
そして・・・有効期限10年が付くようになります。
これまでの図書カードにはなかったんですが(図書券にもなかった)今回から導入、と。

まあ、正直なとこそこまでする必要があるのか、というのもないわけでもないんですが・・・これを発展させて例えばネットショップでの買い物に対応させる、とかそういう方向性もアリかな、とは思うのですが・・・そこまではしないかなあ、ちょっと分かりませんが。
図書券自体は実は昭和35年から存在してました。図書カードはここのところの出版不況に対抗する、ような意味合いもあったようなんですが・・・NEXTは、となると・・・どうなんでしょう・・・?

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04/30/2016

その辺は好き好き

ニュージーランド・図書館で本を借りたまま引っ越した少女、67年後に返却(Yahoo!:ねとらぼ)。図書館の「粋なはからい」で罰金とかそういうことにはならなかったんですが・・・厳密に適用されてたらどんな額になったのやら・・・?
・・・というのはたしかにヤボな話ですが。でも実際問題として図書館から「借りパク」された本、というのは結構ある、という話はよく聞いたりします。
それが「ついうっかり」ならともかく。転売目的とかそういうことになるとすでに犯罪であります。

自分はあまり図書館に行かない方だったりします。理由は・・・あまり本を借りたくない、と言うか。自分のモノにしてしまいたい願望が強い?と言うか・・・そもそも「借りる」ということがあまり好きではなかったりするからかも知れません。
だから自室にある本やDVD・BDなどもめったに他人に貸しません。貸すくらいならあげてしまったりします。
これは学生時代寮生活をしていた頃、勝手に借りられて勝手になくされた本というのが無数にあったからで・・・そんなことになるくらいなら(勝手に借りた相手に対する感情もありますし)あげてしまった方がいい、という考え方になってしまった、のかも知れません。

でもその辺は個人個人で色々思うところがあって当然なわけで。図書館に行けば経済的な圧迫を少なくもできるわけですが・・・自分みたいなのもいる、と。
それでも借りたものは返せよなあ、と。そこら辺はどんな人にも共通の認識がある・・・と思うのですが、意外と気にしない人は気にしなかったりするので・・・その辺も好き好きなのかも。でも犯罪になるようなところまで行ってしまうのはさすがにどうか、と・・・。

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03/18/2016

至極もっとも、かも

知れませんが・・・。
「自炊」代行差し止め確定、作家側勝訴(Yahoo!:時事)。「自炊」というのは「紙の本を裁断してスキャナで取り込んで電子データに変換する」というのが大まかな意味であります。これが「自分の持ってる本」を「自分で電子データ化する」ということなら、まあ、いいか・・・ということだったのかも知れませんが、↑の裁判は「自炊代行業者」つまり「依頼されて電子データ化する(有料)」業者だった、というところでこの判決になったようであります。
紙の本を電子データ化・・・というのは実はかなり大変な作業であります。
全部文字だけ、というのならその文字を拾って書き起こす、という手もあります。が、それにしたって相当に時間のかかる作業であります。では挿絵の豊富な本とか漫画なら・・・?
スキャナで取り込めばいい、ということになりますが本というのは製本されて綴じてあります。これを全部バラして一枚一枚スキャンしていく。・・・「本専用スキャナ」という、半開きの本を乗せてページをめくっていくだけ、というのもあるにはあるんですが精度とかコストパフォーマンスなどの点が、ちょっと。

個人では難しい面もある、ということであります。一冊や二冊ならまだしも。
そこで「代行業者」が出てくるようになりました。本を送ってもらえば電子データ化します(有料)というもの。しかし当初から著作権はどうなんだ? という疑問が付きまとっており・・・グレーゾーンという言い方もされていました。
そして作家による提訴。・・・個人的には有料で金もらってたんならさすがにヤバくないか、と思ってたんですが・・・やはりその辺が争点になっていたようであります。

しかし・・・これで終わり、というわけではなく。今後もこういった案件はいくらでも出てくるかと。
現在も少しずつ始まっていますが、そろそろ本格的に線引きを考える時期が来ているのでは・・・いや、もうすでに来ているわけです。どこまでがOKでどこまでがダメか。紙媒体と電子データの違い、とか。今回の判決が「これで違法にコピーされないようになった」とか単純に終わらせるのではなく・・・前向きな議論に発展していってくれれば・・・と思うのですが、さて・・・?

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03/14/2016

金持ち?

紙の雑誌、ターゲットはゆとりのある「富裕層」?(Yahoo!:毎日) ・・・「お金と時間がある人向けの雑誌が」という話であります。別に「お金と時間がある人の方が紙の雑誌を」という話ではないようであります。
・・・一時爆発的ブームになった「おまけの方が豪華な雑誌」の「豪華版」といったところでしょうか。さらに扱う内容が富裕層向け、ということであります。

ホントウの意味での「貧困層」にこそ紙の雑誌が必要になるわけで。こう言っちゃ何ですが、電子書籍買えるくらいならそこまで「貧困」なんじゃないんじゃないか・・・と。
携帯ではなく最低限スマホが必要なわけです。タブレットになるとさらに額が上がるわけですし。そっち方面にお金かけるくらいなら生活にお金を割かないと生きていけない、というほどの貧困層が情報を得ようとしたらやっぱり「紙」になると思われます。
いや、ホントウにホントウの意味での「貧困」ならそこまですら行かない可能性もあるわけで。いわゆる「活字離れ」というのは電子書籍がどう、というだけではないような気もしてます。
そして・・・ある意味お金持ちの方がそういうテクノロジーの恩恵を受けたがるんではないか、とかそんなことも思うんですが・・・?

話題作りの一つかな、とか。そういう豪華な紙の雑誌があってもいいんじゃないか、と素直に思いますが。情報を得たい、という願いに金持ちも貧乏もないわけですし。

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02/14/2016

色々言われます

「ハリー・ポッター新作」の裏事情・・・強引な出版に批判も(Yahoo!:SankeiBiz)。ハリーのその後、ということでファンは期待したいところでありますが・・・なぜか批判も起きているようで。
イギリスでの舞台の脚本、ということで観に行けないファンのために出版。悪い話ではないと思いますが・・・二種類(「特別リハーサル版」と「決定版コレクターズ編集版」)発売する、とその辺に批判が集まっているようで。
いや、なんかこういうのはよくある話なんで・・・アニメ関係だと「CDジャケットがキャラ違いで!」とかそういうのも結構ありますし。某大作RPGなんて後で必ず「追加シナリオ付き特別版」を出すことでも知られてますし。逆に言えばあまり馴染みのない業界でこういう戦法取れる、ということはつまりそれだけハリポタの人気ってすごいんだな・・・とか思ってしまいますが。

一方で↑記事には電子書籍の不振も載っています。
ここで「じゃあ決定版の方は電子書籍のみで」とか言い出したらそりゃあアコギやなあ、とそういう話になりそうですが・・・そうでもないとすると・・・そこまで関係あるんだかないんだか、とか思ってしまいますが・・・。
しかしそれより内容はどうなんだろう・・・とそっちの方も気になってしまいますが・・・さて。
周囲のことをどうこう、というより内容でどうこう、となる方がファンも喜ばしいのではないか・・・と思いますが。ただ日本に入って来るのはいつの日か・・・とかそんなことも。翻訳作業が、と言うより出版・電子書籍化、と言う辺りに色々ありそうな気もしてるのですが・・・。

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01/18/2016

寝落ち推奨

・・・前に「あれこれ」で紹介したかも・・・?
「泊まれる本屋」開店二ヶ月でほぼ満室続く(Yahoo!:毎日)。「一泊3500円(繁忙期除く)」というの辺りでもたしかに人気になるかも知れませんが。それでもコンセプト的にそっちの方が売れてる、とは思うのですが・・・。
BOOK AND BED TOKYO
どっちかと言うと「泊まれる本屋」と言うより「書籍の充実したホテル」かも。しかし面白そうなんですけど、大勢の前で堂々と自分の好みの本を読める人でないとちょっと恥ずかしいかも、とか。

・・・いや、ソッチ系の本を、と言うのではなく。
別にそれほど異常でもないのに自分の読んでる本を知られるのがイヤ、という人も少なからずいるわけで。そういう人たちにとってはちょっと受け入れにくい場所なんじゃないのかなあ、と。・・・あるいは結構ニッチな趣味の人とか。あくまでも嗜好品という風に本を捉えると、やはり好みが大きく関わって来るわけです。ありきたりのメニューしかない居酒屋だったらどうしよう・・・とか。
当たり外れと言うとやや語弊がありますか。でもこういうのは「縁」ですからいざ手に入れてみると「えー」となることも、その逆もよくあることだったりするわけです。
さらに自分の場合「本を借りる」というのがあんまり好きではない、と言うか。他人の持ち物と思うとなんか入り込めない、と言うか・・・厄介なもんではあります、ニンゲンのし好と言うのは。

↑にサイトがあって、色々記してあるんですが・・・外国人もウェルカムなようで。洋書も揃えてあるようであります。
・・・ちょっと気になったのは宿代はクレジットカードなどで「現金不可」というところでしょうか。それなりに事情があるのかやはり安全面なのか。まあ、そういうとこ以外は何かと名が通りそうなコンセプトではあります。

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01/05/2016

単なる資料

・・・とはいかないでしょうなあ・・・。
ヒトラー「我が闘争」解禁、著作権は去年末に失効(Yahoo!:産経)。基本的に「書いた人没後70年」で著作権は消えて、いわゆる「パブリックドメイン」となります。出版し放題・・・とまではいきませんがこれまでのように各方面への申請や許可取得などの「垣根」が下がるわけです。
しかしモノがモノであります。ドイツのバイエルンなどの州ではそのままの出版は阻止する意向を示していますし・・・他の国でもそういった動きは当然あるかと思われます。

そんな中8日に「注釈付き」それも「批判的注釈付き」での出版、とのことで。
「こんなもの読んではいけない」ではなく「爆発物処理的」にそういった注釈をつけての発行。ページ数も倍以上になる、との見通しであります。
・・・一つの手段ではあるのですが・・・。
しかしどこかから「そういうものであっても出版するなんて注目を集めてまたああなってしまうのでは」といった危惧も出されそうな。書籍そのものは単なる資料にすぎないのですが、内容は、となると。
新たな「火種」となるのかそれとも「鎮火」となるのか。その辺はまだ未知数ですが。・・・でも臭いものにはフタしてしまえ、という逃げの一手よりはまだ・・・とそんな気もします。

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11/18/2015

読み聞かせではなく

「朗読」というスタイルは定着するか? ・・・オーディオブック聞き放題「Audible」(Yahoo!:ITmedia ニュース)
Audible
Amazon関連のサービスであります。名作の朗読を聴く。一つの観賞スタイルであります。元来、活字物というのは目で追って頭の中で情景なり心象なりを構築・構成して楽しむものですが(補助として挿絵など)これは最初から音声のみで、それだけで再生することになります。
・・・すでに前に活字で読んだことがあるものをもう一度聴き直してみる・・・という方法もあるかも知れませんが、そうではなく新作をこれで聴いてみる、という使い方もできるかと。

でもまだ日本ではなじみが薄いですし。「朗読劇」という方式は存在していますがそれほどメジャーではありません。それなりに名の通った作家とか作品でないと浸透は難しいかも・・・。
↑しかし中には落語のカテゴリ(講談なんかも含んでますが)もありますし。話芸的なものだとこういうのに向いてると思われます。
後は・・・やっぱり値段的なところもあるかと。月1500円・・・さて?

あるいは読む人を複数用意しておいて選べるとか。「この人の声なら」という需要もあるんではないか、と思いますが・・・そこまでやると今度はコストが・・・とかなりそうですし。やはりなじみのないコンテンツというのはなかなか大変なものであります。

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11/13/2015

何かチガウ

シアトルに「Amazon書店」オープン・・・目的は書籍販売ではない?(Yahoo!:Forbes JAPAN) 真の目的は「データ収集」ではないか、とのことで・・・そこまでやる必要あるのかどうか、とかそんなことも思ってしまいますが。
・・・リアル本屋なら本屋らしく「Amazonオススメの一冊!」とかそういうのをやるのかと思いきや。「書店」としては体裁を整えただけで実は・・・ということなのかも知れません。

「日本と違いアメリカでは書籍や雑誌の定価販売が義務づけられていないため、通常は書店ごとの値札がついている」(「」内↑記事より引用)
あ、たしかに・・・と妙なとこで感心してしまいましたが。日本の場合ひっくり返せば本の値段を即座に知ることができます。雑誌なら表紙に。これは全国どこでも、ネットでもリアルでも同じ値段になってます(もちろん送料は別、ですが)。それがあっちでは決まっていないので、知ろうとしたら店員さんに聞くのではなく・・・アプリをダウンロードしてバーコードをスキャン。
・・・つまりこれが狙いなんではないか、と。
アプリをダウンロードした時点でIDなど個人を特定できるものを割り振ることになります。そこから「この本をスキャンした」「今度はこっち」「この傾向の本をスキャン」というようにその人の「書籍履歴」を得ることができます。

そうなるとあっちでは書籍の値段は「定価」として決まっていないので・・・安くしたり高くしたりもできる、と。現行日本のアマゾンでもやってる「あなたにオススメ」的な宣伝をより効果的に行える・・・ということになりそうな。そのデータ収集兼テストケースとしての「ビミョーな実店舗」ということなんではないか、と。
・・・ちょっと日本の感覚だとなんかチガウような気もしますが。そこまでデータが欲しいのか、的な。そもそもその「オススメ」データはどこまで信用できるのか・・・現段階でもかなり怪しいもんですし(どこをどうつついたらそんなんがオススメになんねん、てのが結構あったりしますし)。
書店は書店として充実させていけばいいんでは・・・と思ってしまいますが、それ以上の「何か」を得よう、とかそういうことなのかも知れませんが。少なくとも同じような実店舗を仮に日本でオープンさせたとしても・・・続かないだろうなあ・・・。

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02/26/2015

一過性のブーム的な

まあ、そんなもんではないか、と。
日本礼賛本、嫌韓・嫌中をしのぐ勢い(Yahoo!:毎日)。実際、テレビ番組でもそういった流れのものを最近よく見るようになってきました。外国人タレントに「日本初体験」させてその様子を取材する。あるいは「日本国内よりも世界で有名な日本人」を紹介してみたり。
新しい発見があったので、一時観てたんですが・・・なんか最近とにかく「日本のここはスゴイ! スバラシイ!」とそんな感じの流ればっかりになってきてるので・・・いささか食傷気味だったりします。

それでも「日本はダメだ」とやるよりはまだこっちの方がいい、とは思うのですが。
でもなんだか手放しで誉められてもなあ、と。ガイジンさんに「日本人はみんな優しい」とか言われても・・・多分それはアンタがよその国の人だからであって例えばその親切を受けた土地に住むことになってごらんなさい、そうそうみんながいつまでも「親切」かどうかは分からないよ・・・とか思ってしまったりして。
観光地として訪れるのと居住するのはまた違うもんなんですが。日本人特有の「世間体」「建前」をある程度でも理解しておかないとしっぺ返しをくらうんではないか・・・とかそんな余計なことも思ってしまいます。

そう言えば旅行関連での「褒めちぎり」はよくあるんですが、ビジネス関連だとどうなんだろう、と。一緒にビジネスやったり契約や交渉相手としては・・・とか。
そういうもんも全部ひっくるめて「日本は・・・」とやるのもまた面白そうなんですが。・・・しかしなんかただのブームのようですし・・・しばらくしたら「やっぱり日本はダメだ」的な空気に戻ってしまったりして・・・?

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01/19/2015

やや過剰

・・・やや、ではないかも。
児童書に「ブタ」の文言使用は侮辱的?(AFPBNews) イギリス・オックスフォード出版局の児童書向けのガイドラインに「ブタ、もしくは豚肉やソーセージなどの文言を使用しないこと」といった内容が・・・と。
理由はイスラム教徒やユダヤ教徒に配慮して、ということなんだそうで。
・・・さすがにそこまでする必要あるのか、と各方面から批判が相次いでいる、とのことであります。

例のパリでのシャルリー・エブド紙本社襲撃事件を受けて、ということですから作家やその関係者を守ろうとして・・・ということなのでしょうけど、やや、いやかなり過剰な反応ではあります。・・・そういうこと言い出したら養豚業者はどうなる、とか色々出てきます。
ユダヤ教では「ウロコのない魚は食べてはいけない」という戒律もあります。そのためウナギを食すことを禁じていますが、その辺はどうなるんだ、とか。
宗教に限らずそういった方面への「配慮」はもちろん必要ですが度が過ぎてしまうと・・・さすがに。

パリの件もあれはテロであって「宗教活動」ではないわけです。やっていいことと悪いこと、というのはどこのどんな世界にも存在しているわけで、どんな理由であってもそれを無視していい、ということにはなりますまい。
・・・でも怖いものは怖いわけで。こういった方向への影響は・・・今後も続くかと思われます。

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01/06/2015

書店がない!

でもコンビニに雑誌や本はあるんでしょうか・・・。
「書店」がない自治体は全国で4市を含む332市町村(Yahoo!:毎日)。これに対して「活字文化は日本で廃れ行く一方だ」あるいは「書籍を扱うのは本屋だけじゃないから」と見るか、その辺は様々かと思われます。日本独自の「本屋システム」に対しても色々あるところですし。
・・・「消滅可能性都市」と重なる自治体が多い、というのも・・・そりゃあ、本屋がなくなるくらいですから商店の流れ的にも小売店が消えて行っていそうですし。「7割強」という数字も「多い」と見るか「そんなもんだろ」と見るか、ということにもなりそうな。

ただ・・・選択の幅が狭まるのはなあ、と。
「本屋で本を買う」もしくは「見る」の最大の利点は「迷える」ことであります。最初から「あの本を買おう」という場合なら別にネットで買ってもいいわけですが・・・なんとなくぼんやりとあーいう感じのこーいう本が、いいなあ・・・という場合は目に入る件数が限られるネットより本屋の方が断然楽しいもんであります。意外な発見があることもありますし。
・・・だから自分の場合、あえて本屋に行かなかったりします。新古書店も同様な理由で。・・・買いすぎてしまうのです。どれもこれも面白そうで。住居やサイフのキャパシティ、という問題ももちろんあるのですが・・・際限なくなってしまうので・・・決まった本だけを買えるネットがある意味ありがたかったりします。

しかしこれは自分の場合であって。あまり本を読まない、活字に触れる機会の少ない人、ということになるとあの膨大な量の活字情報に触れられなくなる、というのはもったいないかも・・・と。選択の幅が減ってしまうわけです。
もちろん今後何らかの「変化」でもってさらに巨大な情報量に触れ合うことができるようになる、という可能性もゼロではないのですが。それでも現行で触れられる機会が減ってしまう、というのは・・・やはりもったいない話ではあります。

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07/11/2014

異質なもの同士を

結びつけよ、と言う言葉はありますが。
ビール片手に本が選べる書店に行ってみた(ガジエット通信)。本だけ売ってるわけではないので「書店」というより「雑貨店」?みたいな感じですが。・・・でも「居酒屋」って感じではないようであります。
・・・個人的には・・・どうなんでしょう、行ってみたいようなそうでもないような。

酒呑みながら読書、というのは自分もかつてはよくやっていたもんですが。
最近は・・・たまってしまった録画観ながら一杯、という方が多くなってしまいましたが。さらに読書・・・マンガだと最後まで読んでしまいたくなるもんで。そうなると酒量がややオーバー、ということになってしまいます。しかも最近は本、あんまり買ってないもんで・・・最近買ったのは「かもめのジョナサン完成版」ですか。でもこれだと逆に短すぎて一杯、というわけには・・・ちと。

それに↑の場合新刊書店なわけで。これが漫画喫茶みたいな場所で「呑みながら読めます」的なとこだと・・・回転率がめちゃくちゃ悪くなるので商売にはならんでしょうけど・・・汚してしまってもまだなんとなりそうなんですが。新刊を汚してしまう可能性がある、となると・・・まさかビールサーバーだけが置いてある、というわけではないでしょう。おつまみもいくつかあると思われますし。
基本的に自分は本の貸し借りをしない方で。一つには完全に自分のモノにしてゆっくりじっくり読みたいからなんですが、借りると汚してしまう可能性がある、というのもその理由の一つだったりします。貸さないのも自分の本が例え故意でなくても汚されてしまったら・・・とか考えてしまうからで(過去に借りパクが多かったから、というのもありますが)。そうなったらいっそ上げてしまえ、と。

今後発展しそうなジャンルなんですが、まだまだお客さんを選ぶような気がします。ノウハウが蓄積されていけば・・・あるいは客の方が変わっていく必要があるのかも知れませんが。

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06/28/2014

約40年ぶり

かもめのジョナサン、約40年経て完成版発売(Yahoo!:朝日新聞デジタル)。訳すのはもちろん五木寛之氏であります。
かもめのジョナサン完成版
「かもめのジョナサン」とは一羽のかもめの生き様を描いた作品で・・・小説、と言うには写真のような挿絵?が多いものであります。写真は全てかもめのもので、もちろん人間は一切出て来ません。
ついでに言うと恐らくかもめの「オス」のみで異性と思われるかもめも登場してきません(背景にはいるのかも知れませんが)。・・・非常に短い作品ですが様々な人に影響を与えている作品であります。

「飛ぶ」ことを突き詰めていくジョナサンは「食べる」という日常すらも放棄し、やがて「飛ぶ」ことをも越えてしまう・・・。

3章構成になっていて、3章のラストにはジョナサンははるか高みを目指して消えてしまいます。
「無限なんですね、ジョナサン?」
残された弟子の一羽がつぶやいた言葉であります(原文では"No limit? Jonathan?"・・・だったはず)。そう・・・無限なんであります。肉体的、つまり身体には限界があっても精神的には限界なんざない、と自分は解釈してます。だから人間は精神でなら、思考することに関しては壁も境界も限界もなく何でも実行できる・・・。

それでもまあ、色々解釈できるもんだったりしますが。いや、ホント・・・色々と。
今回の「完成版」は幻の4章を加えたもの、ということで・・・これは作者のリチャード・バック氏がそもそもここまで書いていて省いて出版したのか、あるいは後年になって付け加えたのか、その辺はちと分かりませんが。実は二年前に操縦していた飛行機が事故に遭い、瀕死の重傷を負ったことが完成版発表のきっかけになった、という・・・。

・・・しかし4章ではジョナサンの去った後のことが描かれる、とのことで・・・何だろう、組織の腐敗的なことまで、となると結構鋭くて重い内容になるんだろうか、やっぱり。
一体どんなラストになってるんでしょう・・・? 楽しみではあります。

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06/03/2014

立ち位置が違う?

アメリカ・図書館の消滅は杞憂? 利用増加中(CNN)。電子書籍やネット通販などで「利用者減?」とされている図書館ですが。日本だと某飲食チェーンと組んだりした例もありますが・・・アメリカはちょっと事情が違うような・・・?

単純に「利用者増」というだけではなく、自治体と言うか地域との密着性?みたいなもんがあるのかも、とか。
日本の場合、「図書館」と言うと・・・あまり大きくない建物に本がぎっしり、という印象が自分にはあったりします。・・・これまで行った公的な図書館というのは実はそれほどないのですけれど。いくつか行った印象は・・・蔵書数はあっても展示してあるだけ、といったところであります。
・・・しかし最後に行ったのはもうンン年前とかそんなところですから、今は・・・大分変っているのかな、とは思いますが・・・。

しかし↑記事で見る限りあっちの図書館はかなりスケールが違うような気がするのですが。
ただ本を読んだり資料を調べたりする場所、というだけではないような。・・・飲食チェーンと組む、というのとはまた違う方向性があるような。
・・・実は本屋も日本とあっちではやや様相が違っていたりします。
日本の「本」と言うと表装のしっかりしたハードカバーも文庫本も同じような認識ですが、その「文庫本」は基本的にはあっちには存在せず・・・「ハードカバー」と「ペーパーバック」に分類されています。「ハードカバー」は日本と同じように高価な本なのですが「ペーパーバック」は文庫本よりもさらに安価な、カバーも何もなく紙質も上等とは言えません。日本のように「どんな本でも長持ちさせる」という発想ではなく「ペーパーバック」は「しばらく読んだら捨てる」という発想ではないか、と個人的には思っています。

その分「ハードカバー」に対する愛情?は濃いものがあって、そういうところから図書館に対する考え方も違うのかな・・・と。
↑記事中に幼少期に両親と訪れた図書館の楽しさが根底にあるのでは・・・というくだりがあります。・・・こういうとこでも日本とは違うのかも知れません。日本の図書館も一種知的交流の場になってはいますが、「親に連れられて来る」というよりは「学生になってから調べ物や趣味で訪れる」とかそういうイメージがあるような。
まあ、個人的なとこですけど。
図書館にせよ電子書籍にせよ、コンテンツ・内容に変わりはないわけでその辺の「選択肢」はキープしておいて欲しいなあ、とかそんなことも思うのですが。

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05/12/2014

おまけの電子書籍

雑誌を買うと電子書籍が付いてくる・・・?
「無料の電子書籍」続々商品化(Yahoo!:産経)。リアルで雑誌を買うと無料で電子書籍をダウンロードできるコードも付いてくる、という取り組みであります。実際、モノによっては有効と言えるかも知れません。例えば記事中にもあるように旅行誌を旅に持って行ったり自宅でじっくり読むこともできますし・・・同様なのはゴルフとか釣りでもできるかと思われます。
あるいはビジネス誌も同様に出先に持ち歩けるし、紙での保存もできる、ということになりますが。
・・・発行部数がどうなんだろうか、とかそんなことも。四月下旬で94誌。今後も増える可能性はありますけれど、まだまだなんでは、とも思うのですが。

・・・これは「雑誌」という一種の「保存はしない」形態だからこういうことになる、のかも知れません。もちろんバックナンバーを大切に保存する方もいらっしゃいますが、基本的に月刊誌とかさらに週刊誌だと保存しておいてもかさばる一方なので大抵の人は破棄してしまうかと。
これが電子書籍なら保存しておいても場所を取らない。
ですが自分の好みの雑誌が電子書籍化されてるか、というのはモノによってはかなりビミョーな状況なわけで。自分の場合、まずそういうことにはなってないだろうなあ・・・というのが正直なとこであります。

新形態への期待?みたいなもんもあるんですが・・・日本の現状はまだまだ「電子書籍元年」とはいかないお粗末なもんだと思ってます。Amazonを「黒船」と呼んでますが「黒船」を真似ても日本国内ではうまくいかない。あっちは基本的に「本」に対する考えが違うので(装丁も重厚なのとペーパーバックにかっちり分かれてますし)ああいったことができるのですが、日本でやると色々問題が出てくるのは現在の普及率の通りかと。
そのため↑のような取り組みは興味深いとこなんですが・・・実際にはどう転ぶ?のか、そっちの方が心配だったりします・・・。

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02/27/2014

5割以上は読んでる

逆に言えばそうなるんですが・・・割合としては減ってるんでしょうな。
生協調査、大学生の4割は本を日常的に読んでいない(Yahoo!:読売)。これで「最近の若者は」とかそういうのは簡単なんですが。ただ・・・「本」と言うのが何を指すのかのよっても変わってくるわけです。
「読書時間(電子書籍含む)」としてに割合、ということですから・・・講義やその他関係の「読書」は除く、ということかと思われますが・・・自分の単位に関係する書籍を読むことも「読書」なわけですから、そこを除外するのはどうなんなろうかな、と。

そして・・・読書というのはそこまで必要なものなんだろうか、と。・・・文章系サイトやってる自分がこんなこと言うのもなんなんですが。しかし各個人が「面白い」と思うのがエンターテイメントの基本なわけで。そこへ「本を読め」と押し付けるのはなんなんだろうな、と。
実際映像と違って文章は「読み手の想像力」にかかっているもんではあります。・・・その辺音楽も似たようなもんなんですが・・・「読む」という行為は目を使う分(やり方によっては使いませんが)「聴く」とはまた違った方策が必要となるもんだったりします。

「ながら読み」というのが一時問題視されました。つまり「何か」をやりながら「読む」行為、というわけですが・・・音楽の場合「ながら聞き」あるいは「ながら聴き」は例えばカーオーディオで実現されて一般化されています(創作者の意図がそうかは別として)しかしそれに対して「読む」という行為は実はかなりの負担を強いるもんだったりします。
・・・カーオーディオではなくカーナビというのがあります。目的地への最適なルートを設定してくれるものでありますが・・・コレに集中されるといささかヤバいことになります。文章も似たようなもんで、実は理解するのにちょっとした集中力を要求されます。・・・この辺が多分「書籍離れ」とかそういうことに繋がってる・・・のかも知れませんが・・・さて。

文章、というのはエンターテイメントでもやや異色な立場にあります。まず「国」を選ぶ。つまりその「国」の言語でないと受け入れられない。もちろんバイリンガルな作家先生もいらっしゃいますが、基本は自国語。お笑い芸人以上に「コトバ」が重視されます。
・・・ということはつまりよその国では通用しない可能性が高い。その時点で絵画や音楽に負けているわけです。
そういう負い目?がある割には日本ではなぜか「本」が重用されてます。これは国際化がどう、というわけではなく・・・ただ過去に「本」が高価だったから、と言う説もあります。高価な本を子々孫々伝えていく・・・というより貴重なものだから伝えていく、と。

・・・しかしそれとは別に自分はこう考えてます。「文章受難の時代はもう終わってんじゃないか」と。
ゲームや映画、そしてマンガなんかは今は盛んであります文章以上に。しかし、ある意味受難の時期でもあります。何かあれば「ゲームやマンガのせいで」とか「映像化したから」と叩かれる。・・・が、文章はすでにそういう「受難の時代」を通り抜けてしまったんではないか・・・というのが自分の個人的な思いだったりします。明治期から大正、そして昭和、愚にもつかないような「荒唐無稽な文章」は散々叩かれてきました。しかし、今はそうでもない。

それでも読んでもらえなかったら意味はないか・・・。
他に面白いもんがあればそっちへ流れるのは人間のサガであります。本が面白くなければ、文章が面白くなければ他へ行く。それはいつの世も繰り返されてきた事象であります。・・・だからと言って「本を読まない奴はダメだ」とかそういう流れになるのはなんか違うような気がします。
タメになる本なら例えば教科書を読めばいいわけで、そりゃあ、もちろん本、文章ならではの「面白さ」というのは存在します。だけどそれにこだわる必要もないですし、さらにそれを誰に押し付ける意味もない。様々な教養を得るに決まった方法なんてないのです。勉強はどこでもできる。便所でもできる。

こう書くとナンですが・・・今後大学生の「読書率」とやらがどんどん減っていったら・・・それはそれでアリなのかも、と。知識を得る多様性がもっと増えた、ということになるわけですから。

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02/07/2014

ダイナミックに

メロスは走っていなかった? 徒歩で「死ぬなセリヌンティウス!」(Yahoo!:ねとらぼ) ・・・いやあ、まあ・・・そういった所への着眼点と言いますか、発想は大変に優れていると思いますが・・・。

現実と幻想を一緒にしてんじゃねえよ。楽しめよ、そういうとこも含めて。

というのが個人的なとこであります。

こういうのはちょっと前(いやかなり昔?)に「ウルトラマンと怪獣が現実に戦った結果はこうなる」という書籍もあったりして。「実際に」「こんなこと」が「起きるとこうなるんではないか」というのは結構出てきてるんですが。
・・・「誇張」と言うと語弊があるかも知れませんが。物語をより面白く臨場感を持たせるためにそういった技法は古今東西多数あるものであります。・・・で・・・それに対して「そんなもんあるはずない」というのも多数あるんですけども。
・・・シャレ、と言うかお遊びめいた部分での「批判」というのは結構ありましたけれど。
そういう「マジ」の部分で「これは違いますね、メロスは歩いてる!」とか言われてもなあ、と。なんか無粋と言うか君は物語に何を求めているんだろうか、と。

メロスの物語は友情成就なわけです(個人的には最後の羞恥がツボですが)。そこに「どれくらいで走った」とかそんなんはあまり意味がない。・・・いや、その辺で考察しても面白いんですが。ただ、それなら「この速度は走ってない」と言うよりも「この速度ということならここでナニカあってここでナニカあったんでは?」といかそんな感じの想像力と言うか空想を働かせても良かったんではないか・・・と思ってしまうわけです。

太宰治の一生やその周辺の事柄から考えて長距離走に対する知識がそこまであったとは思えず。あるいは借金の借り入れに自身が走ったことからこの着想を得た・・・という説もあることから、そこまで距離と速度に思い入れがあったのか、と言えばどうなんだろうか、とか。
・・・極端なこと言えば別にどんな距離でもいいんではなかったんだろうか、と。ただ、メロスが走っていければそれでいい、そして親友の前に辿り着くことが命題。

・・・それでも「どんな道行きだったのか?」というのは個人的にも気になるもんだったりするので、その速度だった、というのは大変に興味深いんですが・・・山賊とかどういう風にタイムロスをカウントしたんだろうか、とかその辺も興味深いところで。いや、そういう資料とか残ってるんかなあ、とか、そういうところは大変に気になるところなんですが。

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08/04/2013

カンタンではなさそう

「こだわり古書店」が相次ぎ出店、ネットが追い風(iza!)。たしかに、最近テレビの特集なんかでもやってますが・・・自分の趣味だけの本を売って、コーヒー飲みながらお客さんとゆったり談笑・・・なんてそんなのが商売として成り立つんだろうか、とか思ってたんですが。
実店舗ではなくネット店舗の方で儲けが出てる、ということになればたしかに話は違ってくるような。・・・まあ、でも全部の「こだわり古書店」がそうだ、というわけではないでしょうし。中にはネットとは関係なく営業してるところもある、と思われます。

しかしだからと言って自分みたいなシロウトがいきなりある程度の数だけ揃えておいて「さあ開店」とやってもなかなか難しそうな。
ネットショップを開店すること自体はそう難しいことではなさそうなんですが。・・・存続させるとかそういうことになるとなあ、と。こだわりの商品を・・・と↑の古書店のような場合でもまずは自分の足で調達しなければならないわけですし。
・・・古書、というのは実際結構な値がつくものであります(もちろん二束三文の中から珠を見つける、というやり方もありますが)。新古書店と呼ばれる店とはまた違う店なわけで・・・ある程度の資金は必要でしょうし、軌道に乗るまではかなり大変だと思われます。

・・・いや、まあ、何だってそんなもんでしょうけど・・・。
成功している裏には失敗しているケースもたくさんあるわけで。やっぱり何事もそうカンタンにはいかないもんではあります・・・。

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06/17/2013

それでも本は死なない

書籍を非破壊自炊できるスキャナー「ScanSnap SV600」は「本」を殺す最終兵器か?(Heart Laogic) そこまでいくことはないだろう、が個人的なとこであります。例え「自炊」が容易になったからと言って「電子書籍全盛だぜい!」とイコールにはならいでしょうに。

このスキャナ最大の特徴は「裁断せずに書籍を電子化できる」ということであります。
今までは電子化したい書籍をバラす必要がありました・・・いや、そうしないと法に触れる可能性があるわけです(それが不要です! とうたった会社があって、何のことはない電子化した海賊版を売る会社でしたが)。それが・・・不要となる。
つまり所持している本や雑誌を電子化して(しかも元の書籍にはダメージを与えずに)大量に持ち歩くことができる・・・というわけです。こりゃあ、電子化したい、と願ってる人にとっては朗報ではあります。・・・値段が6万円よりちょい下、というやや高値ではありますが。

それでも今後需要が高まれば値段はいくらでも安くなっていく可能性はあります。
・・・そろそろ本気でどっちか決めた方がいいと思うのですが・・・書籍の電子化の著作権。楽曲のCDを録音して個人で楽しむのが罪ではないのなら認めた方がいい、いや、現行で認めるとすでにそれで収入を得ている人たちが調子に乗る・・・と意見は様々なんですが。
テクノロジーはここまで来ちまってるわけです。だから・・・司法なり企業の自治概念なりでも何らかの結論を出しては、と。

「本」を殺す最終兵器か、となってますが・・・自分が思うにそう簡単に本は死なねーぞ、と。
歴史が違いすぎる上に、どんな環境でも「読む」ことができる、というのは大きいと思いますが。それにリーダーによる読める・読めない制限もないし、最低限目が見えて字の理解できる人ならどんなものでも「読む」ことができる。
・・・そう簡単にはくたばらんと思いますがね。今の電子書籍も欠点多いですし。もっと安くなってもっと広く出版できるようになったら・・・いや、そうはなってもそう簡単には死なない、と願ってますが。

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05/02/2013

完全にクロ

スキャン代行サービス業者が逮捕(Yahoo!:ITmedia eBook USER)・・・と言うのでついに本当に「スキャン代行」の業者が「スキャン代行」やって逮捕されたんか、と思ったら・・・ただの海賊版販売ですな、これは。
「スキャン代行」というのは手持ちの書籍の「スキャンして電子化」を依頼して報酬をもらう、という業種で、著作権法ではかなり微妙な、グレーゾーンに位置しているのが現状であります。「自分が買った本をどうするか勝手だろ」「本という物体ではなく創作物への扱いは」「個人でスキャンするのは問題なし」「需要があるなら供給も」と、色々あるのですが・・・法整備が間に合ってないのも現状だったりします。

基本的に「スキャン代行」は自分で電子化したい本や雑誌を用意するのですが。
これは業者によって違うと思われますが・・・用意して送った書籍は返ってきません。いや、綴じてある書籍というのは実はそのままスキャンするのはかなり難しく、大抵の場合は裁断してバラバラにしてしまいます。・・・そのため「スキャン代行」に関しては法律がどう、ではなく別の意味で抵抗を感じる人も多いかと。
・・・そこで・・・いや、「そこで」も何もないですか・・・↑の業者はそういった書籍を送らなくてもまとめて電子化して販売します、と。

・・・だからそれ、ただの海賊版ですやん・・・。
海賊版、とは現物をコピーして売りさばくことをいいます。もちろん著作権やその他の権利保有者には連絡ナシ。そのため非常に安価となりますが、大抵はかなり劣化しています(最近はそっち方面の技術も進んでますが)。違法DVDなどでこう呼ばれることが多いのですが、例えばブランド物などのコピー品もこう呼ばれることがあります。
・・・しかも自分で電子化したデータをただ複製して売ってたわけですから・・・かなりボロ儲けだったんだろうなあ、と。

こういう事例はこれから増えてくると思われます。・・・やっぱり早いとこ白黒はっきりさせた方がいいとは思うのですが・・・著作権法。しかしそう簡単にいきますかどうか。

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04/26/2013

二つほど 4/26

技術や何やで二つほど。

一つ目。新書シリーズ「ブルーバックス」創刊50周年(iza!)・・・なんかもうちっと前からあったような気がしてたんですが。実は昭和38年創刊だったとは。
「科学書の入門書」的な位置づけではあります(キャッチコピーが「科学をあなたのポケットに)。専門書はさすがに難解でもこれなら分かる・・・ということで以前から知名度は高かったかと。・・・それでも最近のはかなりとっつきやすく?なってるかと思いますが・・・以前のにはそれでもやはりむつかしい書も多かった(それはそれで逆?に楽しかったりして)ような記憶もあります。
自分はちょろちょろ読むくらいだったんですが、家族の一部で流行していた新書ではあります。そう言えばブックカバー、たしか誰かがゲットしてたような・・・?
それでも最近読んでないなあ、とか。いい機会なんで何か読んでみますかね・・・?

二つ目。自販機にスマホかざして動画・・・コカ・コーラが無料アプリ(iza!)。これだけ見ると(シロクマにかざすと動画が見れる)別に大したことない、むしろジャマな機能に見えますが・・・やり方次第で色々できそうな機能ではあります。
広告、として見たら例えば協賛企業のCMなんかも流せるわけです。
飲料系意外のCMとか、そんなんがいきなり流れてきたらインパクト大ですし。あるいはすでにありますが原材料や関係資料をさらに掘り下げて表示する、とか。
色々できそうなんですが、こういうのは。ただ・・・現段階ではどうなんだろう、と。皆が皆スマホ持ってるってわけでもありませんし。

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03/29/2013

そこに足跡

15世紀の本にネコの足跡(Yahoo!:ナショナルジオグラフィック)。インクに足を浸して、その足で本の上を歩き回ったようで。いや、歩き回った・・・わけではないのかも。横切った、とかそんなもんですかねえ・・・足跡のつき方からするとフツーに歩いてたわけではないような。

・・・ちょっと気になったのが、これ、本を書いてる時にネコがいたのかそれとも手に入れた本を読んでる時だったのか・・・?
別にどっちゃでもいいんですが、別に。
↑記事にもあるように手書きの本(当時はまだ印刷技術が未発達)なのですが。それへネコが足跡刻んでるわけです。本の作者が執筆中にネコが、ふ、と横切ったのかそれとも本の所有者が読んでる最中に・・・?

本、というのは手書きの当時は大変に高価なものだったとか。何せ大量生産ができませんから。内容にもよりますが本当に重要で貴重な内容の場合、写本なども作られていたのではないか、と。そんな本にネコが足跡、てのは・・・どうなんだろう・・・?
・・・でも画像見る限りでは・・・あわてて拭いた、とかそんな感じもなく。どっちかと言えばそのままにしておいた、とかそんなもんのような・・・?

さらに書斎のような場所だったから近くにインクがあったんだろうか、とか。作者ならインクがあって当たり前ですが、所有者だったらなんでインクがそばにあったんだろう・・・とかそんなことまで考えてしまいますが。

しかし15世紀でっせ。よく今まで残っていたなあ、と。やや方向が違うような気もしますがコンクリートに残ってるイヌやネコの足跡を思い出してしまったりして。アレもこんな感じで後世に残ったりするんかなあ・・・とか。

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01/19/2013

むしろ「館」すらいらない

それだったらむしろネット上で「図書館」開いた方がいいんじゃ・・・ああ、でもそれだと今までのとあんまし変わりませんか。
アメリカ・ついに紙の本を一冊も置いていない「図書館」がオープン(GIZMODE JAPAN)。必要なリーダーも2週間貸してくれるとのことで。手ぶらで来てもリーダーと一緒に「本」を借りることができるわけです。
・・・なんか、アメリカだからでしょうか。こういうことやっても「へー、そんなにあるんだ」とか思うんですが、これが日本でやったら「あっそ」で済んでしまいそうな、長続きしそうもないなあとかそんなこと考えてしまいそうな・・・。

状況が違いすぎる、というのもあるわけです。
前にもこの「あれこれ」で書きましたが自分は「新刊の週刊少年ジャンプ丸々読めるようにならないと『電子書籍元年』ではない」と思ってます。たかだか一万程度のコンテンツで「これが技術革新や」みたいなこと言われてもなあ・・・と。方法はないわけではありませんが(特定分野に特化する、とか)まだまだわずかなコンテンツしかない、あるいは妙な水増しとかされるようならまだまだなんではないか、と。

図書館丸ごと電子書籍化してダウンロードできるようになったら・・・それはそれで楽しいかも知れませんが、たしかに。
でも現状ではそんなんも無理っぽいですし。どっかで「突破」できないとなんかこのままズルズルとテキトーなコンテンツだけの「電子書籍」がのさばりそうで・・・もったいないなあ、と。
ネット上で「館」すらいらない「図書館」から自由にコンテンツをダウンロードできる。もちろんばーちゃるとかそういうのがあってもなくても関係なく。ただ・・・内容が非常に充実した、そういう「図書館」ができればなあ・・・とは思うのですが、さてさて。

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01/16/2013

存続と収入

「なんで?」ということもなく売れるもんは売れるんでは・・・とか。
「有料メルマガ」今後も増えていく?(Yahoo!:nikkei TRENDYnet) メルマガとは言うまでもなく「メールマガジン」の略で・・・メールとしてPCなどに配信される「マガジン(雑誌)」のことを言います。
「雑誌」と言っても数ページもあるわけではなく。大抵は1ページにまとめられてあります。メールの特性からするとその方が読みやすかったりしますし、何より容量の問題もあったりしますし。

しかし大抵は↑記事にもあるようにスパム扱いになってるような。
場合によっては何か・・・ネットショッピングとか・・・の会員登録をすると自動的に登録されていて「解除は自分でやってくれ」なんて横柄な例もあったりします。メルマガとは若干違いますが、携帯を変えた時に勝手に「なんとかかんとかメール」が送られてくるようになって、そんなもんいらんわ、と調べてみたらやっと「解除方法」が見つかった、とか。コレあんまり携帯に詳しくない人だったら黙って受け取り続けるんだろうか、とか思ってしまいましたが。
さらに「解除したのに送り続けられるメルマガ」というのも実在します。ええ、実在しますとも。問答無用でスパムメール登録してますが。

それが「有料」でも読み続けられているものがある、というのが↑記事なのですが・・・そりゃ、儲け度外視するなら存続はいくらでも可能なんじゃないのかな・・・と。
実際、「儲け」という意味では本を出版するよりははるかに率はいいわけです(本の出版と比べるのもなんだか違うような気がしてますが)。ただ、それが本当に発行者の「儲け」になってるのか、と言えば・・・さて?
これは日本だけかも知れませんが「ネットのものはタダ」という認識はたしかに定着しています。そのため生半可なコンテンツでは有料化しにくい。そこでゲームで課金とかそういう「勢いでお金を払ってしまうシステム」が出来上がってきてるんではないか、とか個人的には思ってます。・・・いいとか悪いとか、そういう問題ではなく・・・それも一つの手ではあるわけです。

購読者がゼロにならない限りは存続できると思います。発行者の負担にならなければ。ただそれが「収入」となるか、となるとまた話が違ってくるような。・・・だから今後も増え続けていくのかなあ、と言うと・・・個人的にはそこまでオイシイ話にはならないんじゃないか、と。
「10年以上継続している有料メルマガが28誌、5年以上継続しているものは158誌もある。新しい有料メルマガを発行したいという申し込みも、多い日には1日に30~40件もあるという。」(「」内↑記事より引用)
10年以上継続が28誌、というのは果たして多いのか少ないのか・・・? 5年以上継続が158誌「も」というのも・・・どうなんでしょうか、とか。
自分はどっちかと言うとかなり激しい淘汰のある世界なんだな、とか思ってしまいましたが。いや、有料だけじゃなくて無料メルマガもこんなもんじゃないのかな・・・いやいや、例えばサイト運営にしてもこういった「淘汰」って結構激しく働くもんなんじゃないのかな・・・とか。

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01/03/2013

対抗馬?

ヨドバシカメラが書籍を当日無料配達・・・今年2月から(Yahoo!:産経)。某密林に対抗して、とことであります。
ヨドバシ.com

もともとヨドバシは全品送料無料だったのですが。
店が店なだけに家電に関しては非常に強い、という印象ではありました。しかしそれが書籍にも進出か・・・ということで。・・・いや、↑のヨドバシ.comでも書籍は扱ってますし。書籍だけではなくゲームやDVDも扱ってます。こうなってくると密林並み?に多方面へ進出してる、ということになるのかも知れません。

しかも「当日無料配達」であります。
密林の場合、個人的な感想ですが「新刊」には強いんですが「既刊」は若干弱いような。つまり新しく出るのを予約する、となるといいんですがすでに発売されてる商品を買う、となると遅くなったりすることがあるのが・・・ちょっと。
一方で世の中には密林の対応に憤っている人たちもたくさんいますんで・・・そっちの方からすればちょっとどころかかなりイヤなとこだ、ということになってしまいます。

それでも安かったらみんな買うのかなあ・・・自分も含めて、ですが。
当日配送、というのはどれほど魅力になるのかな、というのも正直なとこあります。それよりも安い、とか、品揃えが異常なまでに豊富、とかそういうのの方がいいのかも・・・とか。
まあ、実際はフタを開けてみないと分からんもんではあります。結構意外な結果が待ってる・・・のかも知れませんし。

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10/05/2012

少し上向き?

絶版本、電子書籍で復活(iza!)・・・たしかにそういう手もありますが・・・まだまだ「本流」とはなっていないような気がします。数の上でも内容でも。・・・でもこういう動きが少しずつでも進んでいけばまた違った方向も切り開いていけるとは思うのですが・・・まだちょっと先の話になりそうな?

実際「良書」と呼ばれる本は昔から多数ありましたが。
問題はいくら「良い」本であっても埋もれていては「良書」とはなり得ないところだったりします。これは別に商業ベースがどう、という話ではなくて・・・やはり本は読まれるモノだからで。読まれて読み継がれて「良書」になっていくわけです。
でもそれだと事情があって本当に「埋もれてしまった」本を衆目のもとにさらすことはできなくなってしまいます。

そういう本を発掘できるかも、という期待はあります。絶版というのはいくら事情があるにせよ・・・もったいないですし哀しいことではあります(事情の中にはあえて絶版にした、とかそういうのがある場合もあるのですが)。

しかし。電子書籍の現状からすると・・・いくらコストが低いとは言ってもゼロではないわけで。絶版を電子書籍で・・・と言っても本当に埋もれてしまっている、ごくごく一部の人たちだけが知っている、そんな書籍までも復刊するかと言えば、そこまではなあ・・・と。
紙の本と肩を並べるくらいになるまでにはまだまだ紆余曲折がありそうで。こういった方面から「攻めて」いける、というのは強みではあるのですけれど、まだまだなのかなあ・・・と。

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09/22/2012

むしろロシアンルーレット

あ、一冊だけじゃないから「本の闇鍋」なのか・・・な?
「書き出しだけで購入」・・・「ほんのまくら」驚異の売り上げ(Yahoo!:産経)。別の記事だと今月のアタマくらいですがこんなのもあります。タイトル伏せて売り上げ10倍、新感覚ブックフェア(Yahoo!:オリジナルコンフィデンス)
【新宿本店】「ほんのまくら」フェアのお知らせ(紀伊國屋書店)

見えるのは書き出しの一文だけ。
文庫本に真っ白なカバーをかけ、そこへ書き出しの一文を印刷。そして袋詰め。これで内容は分からなくなります。しかし書き出しの一文だけは分かるので、それにだけで気に入るか気に入らないか、という一種のバクチであります。
たしかに本を選ぶ基準なんてのは当人次第ですから、失敗があってもいいわけです。
「耳で読むな」的な言葉もあります。誰かに「これ、いいよ」と勧められるままに選ぶな、ともとれる言葉ですが。実際、誰かに「これ、いいよ」と勧められたモンてのは・・・もちろんがっちりハマるのがないとも言えませんが、縁ですし。でもやっぱり自分で選んで「これだ!」というのを見つけたいものではあります。

書き出しの一文・・・池波正太郎でしたっけ。「書き出しの一文は苦労するんじゃないですか?」と問われて「いや、別に」と答えたのは。逆に吉川英治はものすごく悩みまくって、ほとんど同じような書き出しの一文を何枚も何枚も書いては捨て、書いては捨て、を繰り返してた、という話をどっかで聞いたような。
作家それぞれなわけですが。書き出しの一文だけで内容全部が決まるわけではないですが・・・判断材料?にはなりそうであります。

・・・しかしこういうフェアがあったとは。なかなかに興味深い試みだと思うのですが・・・それなりに本好き文庫好きでないと楽しめないのかも知れません。逆にほとんど活字に触れていないような人がチャレンジするのも面白そうですが、どっちかと言うと慣れた人の遊び、みたいな感じではあります。

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09/03/2012

ある事故

リチャード・バック氏の操縦する飛行機が墜落・重傷(CNN)。最初は「同姓同名か?」とか思ってたんですが間違い?なく「かもめのジョナサン」の作者であります。
リチャード・バック(Wikipedia)
・・・大変失礼ながらまだご存命だったとは・・・お早い回復を願っております。

「かもめのジョナサン」とは1970年に出版された氏の小説で・・・小説、と言うべきだかどうなんだか・・・長編の詩、みたいにも思えますし。三分の一くらいがカモメの写真なので「写真集」というのはちょっと違いますか。あるいは「寓話」と分類されることもあります。
内容は↑記事やwikiにある通り。・・・カモメのジョナサン・リヴィングストンは「飛ぶ」という行為が単にエサをとるためだけではなく、「飛ぶ」ことそのものに価値があることを見出します。やがてジョナサンは群れからも離れ「飛ぶ」ことを極め・・・さらに高位の世界へと上っていきます・・・。
「悟った」とかそういう方が分かりやすいかも知れません。ジョナサンは飛ぶ、ということがどういうことか「悟って」しまった・・・とか。当時は流行りのキーワードではありました「サトル」、当時の旅行記なんか読むと、日本人だと分かると「お前はゼンを知ってるか」と必ず尋ねられた、とか。「ゼン」「サトリ」などはエキゾチックなキーワードでもあったわけです。
そして1970年代というのはいわゆるヒッピーと呼ばれる人たちが台頭?してきた時代でもあります(そして「かもめのジョナサン」はヒッピーを中心に広まっていった、という話もあります)。・・・まあ、いつの時代でもよくある人たちなんですが・・・既成概念を打ち壊そう、とか支配からの脱却、とか。しかしこの時代の「ヒッピー」というのは他の時代とはやや違って見えたりするような。一つには当時は今と違ってある意味おおらかだったからかも知れません。こういう人たちでもなんとかやって行ける時代。

後半に入るとジョナサンにはすでに「食べる」とかそういう描写がほとんどなくなります。欲求全てから解放されたような、そんな印象。そして弟子・・・フレッチャー・リンドという鼻っ柱の強い若いカモメ。宙返りとか派手な飛行を好んだりするのですが・・・岩に激突して死にかけた(正確には死んでる)時にジョナサンに助けてもらったりしてます。・・・いや、ありゃ助けた、というより引きもどした、と言うべきんでしょうか・・・?
最後にこのフレッチャーを残してジョナサンはさらに「高み」を目指して消えてしまいます。そしてフレッチャーが「先生」となって今度は後輩たちを導く。その時の一言。
・・・これに尽きるなあ、と。

リチャード・バックは「ONE」というやはり精神的?な小説も書いてます。が、やはり「ジョナサン」の方がとっつきやすいと言うか感情移入しやすい、と言うか。しかし新潮社から出てる五木寛之訳の日本語版、訳者後書きはなかなかふるってる?内容だったりします。たしかにみんながみんなジョナサンのようには生きられませんなあ・・・。

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05/18/2012

結局は自分の目と足で

選ぶしかないのかも知れませんけども。
「本好きの代弁者」からの変容…本屋大賞はどこへ行く(Yahoo!:nikkei TRENDYnet)。まあ、たしかに「書店員」ならば本など全く読んだことのない「シロウト」は入りにくいでしょうし(そういう賞もかえって面白いかと思いますが)逆に評論家などの「クロウト」も入りにくい世界ではあります。しかも常日頃から本に触れている…そういう人たちの選ぶ賞なら通常の文学賞とはまた違った切り口を見せてくれるだろう、と。
…まあ…そういう「賞」をもらった本を読んで「ああ、これは面白い」と思ったのならそれはそれでいいのでは、と思いますけど。なまじ「賞」としての知名度や規模が上がった分、そういう小回りとかマニア性?みたいのが薄れてしまったのかな、とかそういうのも思いますけど。

…そんなこと言っても自分、最近そういう本読んでないんですよねえ…。
ちょっと距離を置きたいな、というのもありますけど。アニメやらマンガ(これもかなり限定的)やらはちょいちょい観てるんですが。活字は最近何か縁がなくて…昔はかなり読んでたんですが。
そういう人がこういうこと書くのはなんですけど。一番いいのは自分の「目」と「足」で選ぶことなんじゃないのかな、と。本に限らずこういったエンタテイメントてのは個人によって「合う」「ちょっと合う」「全然合わない」がはっきり出てくるモノではありますから、「なんとか大賞受賞!」だからと言って「カンペキ合う」かどうかは分からないわけです。なら、自分で合うのを探した方がいい…「足」で探して「目」で選ぶわけです。自分で。

でもそれには時間も手間もお金も非常にかかるわけで。そこで↑こういった「どちらかと言えば目線が読者に近い賞」というのは貴重だったわけですが…この様子だとどうなんでしょうか…。
今後もこういう「賞」が出てくる可能性はありますけど、やはり↑こうなってしまうんかな、と。それでも需要があればまた供給が出てくるのも人の世の常なわけで。こうなっていくのが宿命、としてもやはり色々出てくることには変わらんと思うのですが。

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11/02/2011

元年でも二年でもねえ

「全ての新刊をこちらに提供」「そうしない時はこちらが電子化」「売り上げの55%をこちらに」「出版社が全出版物の著作権を得ること」などなどアマゾンが日本の全出版社に電子書籍の契約書を送付?(Yahoo!:J-cast) なんだか怪しい限りなんですが…絶対ねえだろ、そんなん、とも言い切れないようなところが…なんとも。
著作権関連だけでも、出版社が全著作者から著作権を譲り受けるとかそういうことをしないといけなくなります。しかし現行の日本の法律では基本的に「創作した本人に著作権が備わる」ということになってますので(付随する他の権利はまた違ってきます)そういうことなら法律から変えていかないといけないことになります。

…大手と中小では契約内容が違うんじゃないか、てな辺りでもどーにもうさんくさいんですが。
ただ去年辺りから「電子書籍元年じゃあ」とか派手に打ち出してきたりして、どうにでも電子書籍を売り出したい一派?みたいなのがいるようではあります。「もう紙の時代は終わった」とか論拠の乏しい予言者みたいのもいますが、日本では紙の書籍はそうそうなくなりはしないかと。
ただ、「電子書籍向け」文芸みたいのは出てくるかと思われます。ケータイ小説の延長線上(某携帯ゲーム会社がスマホ対応でそういったのを出してますけど)…と似てるかも知れませんが若干違うような。最初から電子書籍向けに書かれた文芸。それはそれでそういった方向性はアリかと思われます。

が…読みたい人は過去に活字化されたものも電子書籍で読みたいわけです。場所も取りませんし、いつでもどこでもお気に入りの文章に会える。
しかし実際のとこはハードだけが先行しているような状態であり、ソフト、つまり肝心の内容については国内での出版社参入が活発ではありません。そういうとこから足並みは揃ってませんからこうやって海外からの「押し」が来たらひとたまりもないんじゃ…とか思ってしまいますが…。

↑記事の真偽はともかく。やるんならさっさと日本国内で規格決めて(もちろん海外規格のいずれかに準拠しても)、国内有名メーカーでも何でも統一規格のリーダーを売り出す。
あるいは。いや、日本では当面そういうのはやらない、というのなら「あれは一部の出版社がやってることで大手は知らんのです」とかそういう姿勢を打ち出して欲しいのです。今のようになあなあでちょろちょろっとかけらだけが電子書籍に流れてるような状況では…いつどこからか↑のような無茶を押し付けられても不思議ではありますまい。
そういう何らかの「アクション」が欲しいとこなんですが…やっぱり難しいんですかね、現状では。

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10/22/2011

かんこつだったい

作家の有川浩さんが「コロボックル物語」を書き継ぐ(iza!)。…うーーーん…どうなんでしょ。たしかにラストは「おしまいっ」てな感じではなかったんですが。たしかにあそこからまた別のお話が始まってもおかしくはないのですが。

童話、と言うかいわゆる「少年少女向け」のお話をいくつか挙げろ、と言われたら真っ先に「ドリトル先生シリーズ」そして日本の作家では「コロボックル物語」を挙げるのが自分だったりします。…いつ出会ったのか…「ドリトル先生」は小学校の低学年より前、だったはずなんですが「コロボックル」もその頃だったかしらん…?

後で読み返してみてまた違った発見があったのも一作目「だれも知らない小さな国」でした。…後書きに「戦争ものとして読まれる向きもあるが」みたいなのがあって、最初の頃は何のことか分からんかったんですが。後で読み返してみて「あー、そういうことか」とか思った次第であります。
こういう風に真剣に「子供向け」なお話だったのです…いや、マセたガキだったんですが、その頃は。
実はかなり後になるまで続編の存在を知らず、最終巻を読んだのは多分成人した頃とかそんなもんだったような。小さい頃だけではなく今でもまだ影響を受けているお話ではあります。

「これで一区切り」みたいな話をどっかで聞いて、「その後」はもうないのか…と思っていたのですが。

若い作家さんによる「換骨奪胎」…これはこれでアリかも知れんのですが…どうなんだろうなあ…。
設定だけ共有する、ということを昔考えたことがあります。拙作「TheRootSeller」はそういう方向になったら面白いなあ、とか考えたことあるんですが…実際には相当な勇気?が必要かと思われます。どこまで踏み込んでいいのか、ドリスは出さないでもらうのか、それとも…。ただ「TheRootSeller」程度だと別に設定も何もないなあ、意味ねえや、とか思ってしまって実際に行動に移すことはありませんでした。

「佐藤コロボックル」に対して「有川コロボックル」…アニメの実写化とか映画のリメイクとなるとかなりイメージが固定されてるので、批判も多いのですが文字だけ(素晴らしい挿絵もあるんですが)となるといけるのかなあ…(しかし過去にコロボックル物語がアニメ化されていたことを知る人は少なそう。かなーりキビシイ設定でしたが)。
いや、でも、そういうことなら挿絵作家さんも新規に選んで欲しかったな、と。その方が本当の「新しい」お話になると思うのですが…さて? やっぱりあの絵でないと無理、とかそういう方向なんでしょうかね…。

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09/30/2011

二つほど 9/30

海外で色々と二つほど。

一つ目。市場未開拓の中東に「ラーメン」を(iza!)。提唱されてる方が日本人ではないのはある意味納得できるような、なんだか惜しい?ような。
中東で食べ物屋、となるとやはりネックとなるのはイスラム教だと思われます。宗派もたくさんあって、大変に戒律の厳しいところもあります。中には日本に住んでる我々からすると「?」な戒律もあったりしますが…宗教というのは信じてる本人とその世界だけが重要なんであって、外野がとやかく言うのはなかなかに難しい世界でもあります。…イスラム教徒でもそんなに戒律の厳しくないとこもあったりしますが。しかし、やはり、厳しい。
食事となると「豚」は基本禁止されています。そのためチャーシューなんてもっての他ですし、豚骨スープなんか完全にアウトになります。
…ここで「あんなに美味しいものをなんで…?」と疑問を投げかけるのは無意味な行為であります。彼らはそういう世界に生きているのであって、我々とは違うからです。
そういう場所で、ラーメン。…逆に日本人の経営者ではない方がいいのかなあ…なんかそんな気もしてるんですが…さて。

二つ目。米Amazonが低価格でタブレット参入(iza!)。前代?のKindleは電子書籍リーダーだけでしたが…新作の「Kindle Fire」は明らかにタブレットPCとなってます。電子書籍はもちろん、ウェブ閲覧からゲームまでできます。当然と言うかiPadを意識して…価格を抑えています。
こういうのはすでにソニーなんかも始めているものなんですが。…Amazonまで始める、となると他社も色々始めていくきっかけになるかも知れんのですが…電子書籍、ということになると。すでに↑こっちでは付属品的な要素になってきてるような気もしますが日本の現状を考えるとなあ…。
もし日本でもこういうことやろう、ということになってるのなら…どんなカタチでもいいんですがせめて「統一」だけはしておいて欲しいな、と。規格の統一はもちろんなんですが…業界内の意見統一とか。てんでばらばらだと進むもんも進まなくなりそうですし。

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09/05/2011

現状をみるならば

「自炊」と言っても自分でご飯を炊くことではもちろんありません。
作家122人、「自炊」行為代行業者に質問書(Yahoo!:毎日)。そりゃあ…気になるでしょうに。線引きが今いち明確ではない現状では「どっちのつもり?」と聞きたくなるもんでしょうに。

ここで言う「自炊」とは紙の書籍をデータ化する行為のことを言います。
最近流行りの…と言うかハード「だけ」はたくさん出てきてる電子書籍であります。コレを読む「リーダー」はあちこちから出てるんですが、肝心のソフトつまり「中身」が全然ない…いや、全くないわけではないんですが…それにしてはお粗末ななのも現状だったりします。読むためのキカイはあるのに読むモノがない、という…。
そのため一部の人たちの間には既存の書籍をデータ化する行為…「自炊」が出てくるようになりました。元々は書籍を自分で裁断して自分でスキャンする人たちの行為を指してしたのですが。これが企業として一個人にしては組織立ちすぎてるんではないか…という現状が出てきたため、有名作家・漫画家を含む122人が質問書を送った、というわけであります。

カンタンに言えば著作権保護法では「個人が楽しむ範囲内」であれば無許可複製を禁じてはいません。
例えば音楽CDを自分が聴くためにデータ化してみたり。あるいはテレビ番組を後で観るために録画してみたり。こういう行為は厳密に言えば著作権保護法違反、となるのですが「個人が楽しむ範囲内」ということで違法ではない、ということになってます。
「自炊」行為そのものも個人で楽しむ、ということなら違法ではないのですが。
安価とは言えお金をもらって送られてきた書籍を「自炊」するのはどうなんだろう、と。

…そろそろはっきりとした線引きをすべきではないのか、と思います。
著作権というのは非常に厳密に捉えると何もできなくなる法律でもあります(鼻歌だって著作権保護法違反と言えなくもない…)。そのため慎重になるのも分からんでもないですが、明らかに法を守らせる側が時代の流れに追い着けてないからこういう事態になった、と言えなくもないのが現状。ある程度でもいいから線引きをしておかないと今後の混乱の度合いは増すばかりかと。

その前にソフトつまりダウンロードできる書籍をもっと増やせばいい、という考え方もありますが…日本の現状からするとそれはなかなか難しそうで。前にも書きましたが本好きを満足させるには最低でも日本の出版社全部の書籍をデータ化しないといけないでしょう。活字やマンガだけに限らず。さらには海外の主要出版社も巻き込む必要があります。…いずれは可能かも知れません。が、そんなんすぐにできるわけがない…。

はっきり言って法整備も何もかも現状からは遅れているわけです。その辺、どうにかならんのでしょうかね…? この調子でダラダラなし崩しに進めていっても、どの業界に対しても、日本国民に対してもいいことなんかあるわけないです。電子書籍そのものがついえてしまう可能性だってあります。
外国でやってるから、ではなくて…日本の現状をきちんと認識して対策をうつ…てのはやはり難しいもんなんでしょうかね?

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08/31/2011

自戒を込めて

「ああ、それ知ってるよ」が向上心を妨げる(Yahoo!:Business Media 誠)
…たしかに身につまされるお話であります。↑記事中の「菫(すみれ)の花」の話はトカゲとカナヘビの違い、という題材で似たような話をどこかで聞いたような…って、こういうこと考えるから自分も止まってしまってるのかも知れません。

「物事に対して真摯(しんし)であれ」
というのは「もしドラ」でも有名になったドラッカーの言葉でしたか。これはこういった知識を求める人たち…必ずしもそれが本職というわけではなく…にも当てはまると思うのです。トビラを閉ざしてしまっては何も入って来ないし出て行かない。全ての事柄に対して真摯に得ようとし、また与えようとする…。

…と、まあ、万事がそういう風に行けばいいのですが。人間てのは基本ナマケモノですからなかなかそう悟るわけにもいかない。全方位にアンテナ巡らせてどんな些細なことでも吸収しよう、とするとやがては感覚が鈍ってきちまいます。…一説、と言うか自分が勝手にそう思ってるだけですが、モノを知ったことによる衝撃を何度も何度も感じてしまうとそれに慣れてきちまう。段々と「関心」よりも「無関心」の領域が増えてきて…なんか、どうでも良くなってしまう。そのためには適度に息抜きが必要となります。そうやってアンテナをメンテしてやることによってまた色んな事象をキャッチすることができるようになる。

が、人間はやはりナマケモノで…いつの間にかその「息抜き」が本分になってきたりします。…特に色々やってみてもなーんも成果が上がらん時とか。誰にも評価されない、とか。そうなってくると「息抜き」がどんどん増えてきて…そのうち何もしたくなくなってしまう…。

↑記事は本来はそういうことを言いたいわけではないと思います(当たり前)。そんなわけでこの辺は自分の思いなわけですが、吸収しようとすることに疲れてきてしまうこともあるわけです。そうなるとチャンスも来ないでしょうし何よりそういう時に研修とか受けても意味がない。
常にオノレをベストコンディションに置く、というのが理想であります。そういう知識を吸収する場ではアンテナの感度を最大限に上げて色々取り込んでいく。取り込まれたモノが消化されて己の血肉になるには時間がかかりますから、未来への投資?みたいなもんで機会があれば逃がさない。
逆にそういうことの必要のない時…例えば寝る時とか。あるいは家族や親しい友人との他愛ないおしゃべりの場とか。そういう時に思い切りリラックスしてアタマも休めてやる、というのが本当にベストなのでしょうが…。

実際のとこは。入れんでいい気合を入れるべきではない場で入れたり、知識を得られる! って時にそういう状況じゃあなかったり。…寝る時にあれこれ考えすぎて眠れず、ようやっと眠れたら今度はヘンな夢ばっかみて寝た気がしない、とか…。

個人的には↑のように「それ知ってるけど何か?」とカベ作って知ることを止めちまうのも何ですが、それ以前にオンオフをきちんと切り替えられるようにならんとな…とか思ってしまうわけです。…いや、逆に考えればアンテナの感度をある程度落としてもいいから常に吸収を怠らないようにすれば…って、いや、そんなことしてるからまた変な夢とかみるようになっちまうんですよねえ…。

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07/20/2011

言われてることはもっとも

なんでしょうけど…なんか色々とツッコミたくなってしまいました。
電子書籍の今後、記録保存と表現拡大の可能性(Yahoo!:産経)。…いや、あの、そりゃ被災地では本も何もかも流されてしまって苦労されてます。そして…電子書籍端末だって流されてしまったんじゃないんでしょうか? 現行でもまだ十分ではないですがそういう端末はすでに各社から発売されてます。

それとも「今後」のこととして…ということを言われたいのかな、と。
たしかに国が先頭に立って旗振るなら、過去数十年の発行物をデータベースのように集約することも可能であります。代金、と言うか利用料は国がある程度負担する、というのも一つの案かと思われます。
…しかし、これ、あくまで「今後」の話になるかと。今すぐそういうことをやろう、というのはまず無理であります。今、出版社にそういう話が行ったとして…一体どれだけの出版社が対応できるのやら。紙も不足してるし何より不景気です。時間をかけて最低でも数年、ヘタしたらもっとかけないと無理でしょう。
全部の出版社が協力しないと意味がないからです。新聞社いくつかで出版社数社程度が雑誌数冊、じゃあ意味なんかありません。最低でも日本の出版社全部。図書館の代わりにするのならそれくらいは当然だと思いますが…?

それと…「幸い被災地への資料の送信は著作権者の方々から一般的な許諾が得られているようなので」(「」内↑記事より飲用)というのが、ちょっと理解できません。被災地だから送信してもいい、というのはなんとなく分かるんですがそこへ「著作権」がなんで絡んでくるのやら。「得られているようなので」というのも…曖昧で。特に電子書籍化するのならその辺はきっちりやる必要があると思われます。被災地でも外国でも関係ありません。

さらに。紙などの文書による保存は例えば大災害が起きた時に破損する可能性が高くなるから電子的なものに移行すべき、とのことですが。
…電子的なデータに移す、というのはたしかにアメリカでも日本でもやっていることであります。しかしそれはバックアップ的な意味合いが強いかと。現物の方が強いのは当たり前かと思われますが…文書、という視点で見るなら書かれている文字のカタチはどうでもいいわけですから、内容を保存、というのはアリかと思われますけども。
そしてバックアップするのなら複数拠点、というところは賛成であります。もちろんデータを保存したサーバも複数台設置してお互いがバックアップを取れるようにするのは当然だと思われます。関西に、とかケチなこと言わずに北海道から九州まで十台以上は設置する必要があるかと。

そして。ここら辺、どうしてもツッコミたいのですが…「紙の本では絶対に表現できないすぐれた機能を電子書籍が持っていることを念頭においた議論が必要である」(「」内↑記事より引用)と。
ええと、画像やら音声やらのデータが埋め込めるから…って、そんなんネット上でみんなやってることなんですが。そういうサイトは無数にありますから適当に検索してみてはいかがでしょう? 電子書籍端末はネット接続が必須ですからサイト見るには事欠かないかと。機種によっては表示が崩れるかも知れませんが(あるいは閲覧できない機種もあるかも知れませんが)その場合は普通にPCを使うことをお勧めします。あるいはスマートフォンかタブレット端末でも。 
しかし前半で文書としての内容を保護したい、と述べておられて後半でいきなり電子書籍の方が表現が広がるから…と言われても。表現方法なんか無限にあります。それこそ電子書籍に限る必要もない。

現在の日本のお寒い電子書籍事情からすると…まあ、そんなん無理だろ、と。欧米と違って「本」そのものを大切にする文化もまだまだしっかり根付いてる(あちらでは大切にする本とそうでない本と二種類あるような)。そういう文化を変えていくには数十年じゃ無理。百年見た方がいい。それも地道に地道に進めていかないと。…今の政府や自治体、官僚にそういうことができますか? 学者サンでもいいです。できますか?
上っ面だけ真似ても仕方ないんです。江戸末期にアホな役人が外見だけ見てアホな外輪船の想像図(外輪で汲み上げた水でまた外輪を回す永久機関…)描いたそうですけど…それと近いもんがあると思います。

まだ早いんですよ。まだ。ハードはちょこちょこ出てきてますけどソフトが全然ない。そこから始めないといくら素晴らしい機能があっても意味がないんですよ…。

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04/13/2011

一つの方法…なんでしょうかね

漫画家の赤松健氏が立ち上げた「Jコミ」で違法に流通している漫画を「浄化」する試み(Yahoo!:+D PC USER )。…これはどういうことかと言いますと。「Jコミ」ではそもそも絶版コミックに広告をつけて無償配布する…ということをやってきました。もちろん絶版と言えども著作権を持ってる人や団体があります(正確には著作権ではない?場合も?)。そこときちんと交渉して広告料を入れるようにしているわけです。そのため無償での配布が可能になっている、わけですが。
今まではトライアルということのようでしたが。これから本格的に始動するようで…ユーザーが手持ちの絶版漫画ファイルをアップロードしてみませんか、というやり方を打ち出してきたわけです。

厳密に言えば「不特定多数」に著作権者の許可なしに配布することは罪となります。しかし↑この場合は「不特定多数」ではなく「Jコミ」という個人ではないですけど一団体。しかも著作権者との話し合いによる配布が許可されるまではアップロードしたことをよそへは漏らさない、とのことで…こうなるとたしかに法の抜け道?を利用したやり方、と言えないこともありません。
晴れて著作権を持つ人からOKが出ればそれはもう「違法」アップロードではない、これは「浄化」だ…というのも言い得て妙であります。たしかにこれは非常にウマイやり方と言えます。

まあ…やり方は素晴らしいのかも知れませんが…。
個人的にはなあ…どうも。なんか納得しきれん部分があります。赤松氏は以前から違法アップロードにより著作権者へ被害が出ること憂いていた一人ではありますし(だからと言って某動画投稿サイトに対するあの文言は大人げないと思うのですが)一つの方法として確立していけばまた違った方向性が出てくるかも知れません。
しかし。それでは著作権侵害に関して根本的な解決にはならないわけです。
「無償だが違法のファイルと無償で合法のファイルが同じような入手難度で用意されているのなら、ユーザーは後者を選ぶというのは、AppleがiTunes Storeで半ば証明している」(「」内↑記事より引用)で、合法かつ無償でこういうファイルが手に入るサイトが勢いを増していけば違法ファイルも減る…ということなのでしょうけども。

…それに忘れてもらって困るのは「Jコミ」が対象にしているのは絶版のみ、ということであります。次のコミケで販売されたりつい先週や昨日発売された新刊本は対象にならないわけです。そりゃあ、今後何十年…何年と経てば絶版になるかも知れませんが、それじゃ意味がないわけです。
やるのならもうちっとどっしりかっちりと法律に風穴開けるなり改正に持ち込むなり…そうして欲しかったところではあります。現行の著作権法ではもうにっちもさっちもいかないのが現状なわけです(グレーゾーンが多すぎて黒と白がはっきりしない)。その辺がどうにかならないのかなあ…と。

それでもこういうムーブメントを起こしてらっしゃることには感銘を受けます。…いや、ほんと…何か道筋はつけられないものなんですかね…?

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03/08/2011

書いて発表するのはいいけれど

誰が売り込むんだろう…? そういうとこまでそっちでやってくれるんでしょうか?
「電子自費出版」サービスが今後ブームに?(iza!) …何度かこの「あれこれ」で書いてますが…日本の電子書籍てのはまだまだ未成熟もいいとこなんでは…というのが個人的な思いであります。早いとこ日本統一規格みたいなのを立ち上げないと電子書籍そのものを普及させるタイミングを失ってしまいそうな。物事の進行の速い昨今ですからまた何か別の物が流行りだすか分からんわけです。そうなるともったいないなあ、と。

しかも「自費」あるいは「無料」で「自費出版」というのは…ネット上に自分の書いたもんUPしたりブログで書いてるのとどこが違うんだろうか…とか思ってしまいます。
ネットが出始めの頃にも似たような記事があったと記憶しています。「アメリカではネットにUPしていた小説が本になった」とかそういうの。それとあんまし変わらんような…↑記事では電子書籍リーダーだけ(iPadだけ、とか)そういうのではない会社も紹介されているので…つまりはネット上で読むことができる、と。ブラウザで。…じゃあオンラインノベルとどこが違うのだろうか…??
ケータイ小説というのもあります。形はそれぞれですが今は昔のようにほんの一部の人たちしか「何か」を発表できない時代ではありません。ブログでも無料ページでも投稿サイトでもツイッターでもフェイスブックでも「発表」することが非常にカンタンな時代になっているのです。

が…「発表」できても皆が好むかどうか、注目してくれるかどうかはまた別の問題なわけです。
例えばこの「あれこれ」ですが。一日に訪れる方の数は大体30人くらいでしょうか(ほとんどは検索かけた結果ここへ…と)。それがなんかの拍子に50人とか60人とか異常?に増えることがあります。あるいは逆に1ケタとか非常に減ることもあります。
…するとniftyのブログサービス「ココログ」内での順位がとんでもなく移動します。一気に1万くらい上下に変動します。つまり…この「あれこれ」と同位くらいのブログは山ほどあるわけです。万単位で。…有名人の書いてるブログとかそういうのは別にして、本当に人気のあるブログはほんの一握りなわけです。そういうとこがブログを本として出版してもそれなりの数売れると思いますけど…この「あれこれ」みたいに多数に埋没してるようなブログが本になったとして…誰が買うんでしょう? 記念に、とかで販売目的ではないとしたらまた違ってきますけど、売るつもりで本にした、としたら…?

これは自サイト「信天庵」にも言えることで。自分もちまちま書いてUPしてますけど、めちゃくちゃ人が来る、というわけではありません。実は「あれこれ」の方が「信天庵」より来客数は多かったりします(理由は前述の通り検索結果で…)。
まあ、文章オンリーで絵もない、ちょっとえっちな要素も恋愛要素も少ないもんばっかですんで…こういうもんだろ、と最近は思うようになってますが。これが↑電子書籍というのが最近出たらしい、しかもその出版をサポートしてくれるところがあって、いくらかお金も入ってくるらしい…ちょっとやってみようか、となって実際に「出版」してみてもほとんど売れず、結局ダメなんだなあ…とあきらめてしまう人多数、てなことになったら意味ないんじゃないか、と個人的には思ってしまうのです。

もちろんこんなネガティブな発想ではなくて埋もれてる才能を発掘できる、という見方を重視することもできます。それでも…市場としてはまだまだ未熟で、しかもネットなら他の方法もまだまだあるわけです。意味があるんかな、と。↑記事の末尾「ただ、編集者の目を通さない電子本には質的な問題を不安視する向きもある」(「」内↑記事より引用)というのは実はかなり重いのではないかと…。
本当は 1.電子書籍市場の本格的な成熟を待つ 2.作品を吟味する 3.売り込みから何からきちんとやる…というのが本当なんでは…って、これじゃフツーの出版社と変わりませんわな。印税よりもはるかに高い割合で作者にお金が入ってくるというメリットが消えてしまいますわな、これじゃ。

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02/18/2011

貸すだけ

つまりはそういうことかな、と。たしかに自分でやる分には法的にどう、とは言いにくいでしょうし。
TSUTAYAの一部店舗で「BOOK ON DEMAND」サービス開始(Yahoo!:+D PC USER)。これは店で本を買う(持ち込みもOK)→店員サンが無料で裁断→自分でスキャン→本をPDFファイルにできる…というものであります(雑誌はダメみたいですし、全ての書籍がOKというわけではないようですが)。電子書籍が今ひとつなもんでこういうサービスが広まるんでは…という声もありましたが、こういう大手が参戦してくる、ということで今後の展開も変わってくる…のかも知れません。
大手ではないところでは実はこういうサービスはあちこちでやっていたりします。価格や対処方法(裁断した書籍の行方とか)は様々ですが、基本やるのは「バラバラにした本をデータ化する」というものであります。…慣れてる人になると自分でやったりしますが。こういうのを現す「自炊」というのは「自分で(データを)吸い出す=自吸い」からだ…という説もありますが実際は他に由来があるのかも知れません。

…こういうところからすでに電子書籍の崩壊?と言うか未熟さが表れている、と自分は思っているのですが。
欲を言えば出版する時に実物かデータか選ばせてくれるような仕組みがあれば…と。人によっては本をそのまま紙のままで読みたいと思うわけですし、電車の中とかそういうとこでも読みたい、気軽に持ち運びたい、というのなら電子書籍の方がいいわけです。
どこで読んだかなあ…誰のエッセイ?だったかなあ…本を購入するとまず表紙を破り捨てて本体?だけ分割してポケットにねじこんでしまう、そんな知り合いがいる、とかそういう話。やや極端なような気もしますがそういう趣向?の人間がいてもおかしくはないわけです。せっかく電子書籍、という限りなく軽量化できるシステムがあるのにちょろちょろっとだけしか電子化してくんない、となると期待はずれと言うかもったいないと言うか…利用したくても俺の読みたい本がないんじゃなあ…となるのは当たり前のことかと。

一応「個人で」楽しむ範囲ならば著作権法にも違反しない…となっている「自炊」ではあります。そのため↑のTSUTAYAでは基本的な作業は依頼してきたお客さんにやってもらう、こっちは資器材を貸すだけ、ということになっているのかと。
しかし。いつまでもこんなグレーゾーンと言うか曖昧な状態で続けてていいもんなのか、と。これが例えば組織的に「自炊」を始めて事業化していったら…今は規模も大きくありませんし、まだ「個人」の範囲内に収まっている?と思われるのですがこうやって大手も参入してくる、となると…。

早いとこ出版業界が動かないかなあ、と。電子書籍に関する日本の立場の確定、と言うかきちんとした枠組みと言うか。日本独自の規格でもいいんです。全ての出版物を電子書籍リーダーで読める、そういう状況にならない限り「本格的に電子書籍が~」とかそういういかにも未来の新技術がそこまで来てる、みたいなことは言えますまい。
そして↑のように曖昧なままで「自炊」が広がっていきます。これに「ダメだ」と言うのは簡単なんですが、じゃあ、どうするんですか? と言われたら…どう反論するんでしょう? それ関係の業界の人は?

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12/21/2010

二つほど 12/21

色々と事情が変わって二つほど。

一つ目。講談社の子会社「星海社」出版だけではなくWEBなどとの連携を目指す(iza!)。これは一つのカタチかな、と思われます。何が何でも電子書籍というのではなく(将来的には参入も考えている、とのことですが)紙の媒体としての書籍とWEBとの連携。時代の変遷と言うか流れと言うか。変わらないものなんてありませんからそれに合わせて自分も変化していく、というのは重要なことかと。
ただ、いくつか問題もありそうな。「コピペ自由」ということはかなり広範囲に渡って色々使えてしまう、ということで…例えば文学賞へのつぎはぎ応募とか。あるいは盗作への疑惑とか。そういった面がやはり心配になってしまうのですが…現行のように「黙認」というだけでは進まないのもまた事実。こういうとこも「変わって」いかないといけないことなのかも知れません。
こういう業務形態というのは、一部なんかこういうのがあったような気がしますが…ここまで大掛かりなのはなかったように思います。やり方の一つとしてこういう「変化」が受け入れられいけば、また違った何かが出てくる…のかも知れません。

二つ目。トヨタの高級車「セルシオ」の盗難増、盗難防止装置が最近の手口に合っていないから?(Yahoo!:時事) 一頃はいわゆる「高級車」の盗難が相次いでいたのですが、ここんとこはそっちの業界?の事情が変わってきたらしく…業務用に多く使われる「ハイエース」が盗難1位なんだそうであります。
自動車の盗難が最も多い県と盗まれる確率の高い車種は?(カーライフファン.com)
これは「高いクルマ」よりも「使えるクルマ」の方がそっちの市場?で人気だからなんだそうであります。工事用車両なんかも盗まれるこのご時勢(普通車よりも警備が甘くなるので盗まれやすいんだとか…)。盗難車をそのまま輸出するわけではなく。バラしてパーツや部品にして向こうで組み立てるんだそうで…こうすると摘発しにくくなります。
某テレビ番組でやってましたが。わざと日本語の「○○建設」とかそういうペイントは残すんだそうで。…そうすると日本製ということが示せて高値になるとか。盗まれた建設会社の人がそういうニュース映像見てたら自分の会社の名前の入った見覚えのある車両が映し出されてびっくりした、とかそういう話もあります。
一方のセルシオは工事用でも業務用でもないんですが…どうも2006年に製造中止、ということで盗難防止装置「イモビライザー(キーと車体それぞれに設定してあるパスコードが合致しないとエンジンがかからない)」がやや古くなってる…ということなんでしょうか。最近の盗難技術だと解除できてしまう、ということで増えているかも知れない、と。
やはりこういうのは「いたちごっこ」みたいになってしまうもんなんでしょうか…。

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12/19/2010

二つほど 12/19

なんと言うか…なんて返したらいいのか二つほど。

一つ目。民主党・岡田幹事長ついに小沢氏と直接対決(iza!)。くだんの「政治とカネ」案件のことで、ようやく「幹事長」が「一兵卒」と「対決」した、という…しかも議論は平行線。岡田氏「菅首相にも会ってくれませんか」小沢氏「その用意はある」…???
どっちが幹事長だか一兵卒なんだか。さらに大将たる代表と会うのに「その用意はある」てのも。すでに統率力がないとかそういう次元ではないような気さえします。…そりゃ、小沢氏と言えばかなりの実力と経歴を持つ政治家で、岡田氏も心酔していた、という話もあります。大変に慕っていた先輩?にあーだこーだ言わないといけないのはたしかにあんまり気が進むものではないと思われます。
が…そんな「私」のことだけにこだわっていても何も進みますまい。民主党は与党なのですから「公」つまり日本や国民のことを第一に考える必要がある、と思うのですが…そういうとこ、どうなってるんでしょう…?
菅首相もいつの間にか沖縄視察を終えて帰って来てますが。鳩山前首相も引退撤回を「正式表明」してますが…色々と、大丈夫なんでしょうかね。ちょっと、いやかなり心配ではあります。

二つ目。電子書籍リーダー:ソニー「Reader Store」とシャープ「TSUTAYA GALAPAGOS」のダウンロード可能な書籍数は(Yahoo!:+D PC USER)…「Reader Store」は全14ジャンルで1万469点。「TSUTAYA GALAPAGOS」は新聞が3紙、雑誌が109誌(220点)、書籍が2万1742点。まあ、2万くらいは読むことができる、ということになるんですが…。
だーかーら。日本全体でどれくらいの数の「本」「雑誌」が行き来してるのか、そういうのは分かってるんでしょうか…? 1万や2万じゃどうしようもない数行き来してると思うんですが?
出版業界での電子書籍に対する動きが鈍いのは当然なことで。今までのシステムを改変しないといけないからで…誰もそんな面倒なことしたくない。じゃあ、リーダーを作る機械メーカーなどの方から動きを起こしてみよう…というのは大変に素晴らしいと思います。
が…この数じゃあ…なかなか食いつきませんって。しかもソニーとシャープって、お互いのリーダーに互換性とかあるんでしょうか…ないとさらに購読者は減ると思われます。
…統一規格と言うか…出版社と機械メーカーと著作権団体と…そういうところできちっと話し合って大掛かりに動いていかないと電子書籍なんて普及しないんではないか、と。欧米は欧米でまた本そのものも業界も事情が全然違いますから動いていけます。でもそれをそのまま日本に持ち込んでもそう簡単にはいきますまい…日本ならではのやり方があるはずで、それを模索すべきだと思うのですが。
どうもこのままだと細かいリーダーや電子書籍会社だけが乱立して「○○先生の本が読めるのうちだけ!」とかやって読む側はリーダーを山ほど買わされるような、そんな気がするんですが…それだったら紙の本でいいや、てなもんであります。

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11/22/2010

まずは足並みを

そろえることから始めていただきたいところではあります。
書籍や雑誌のコピー「自炊」出版関係や法曹界からも警告(Yahoo!:産経)。何度かこの「あれこれ」でも取り上げていますが…「自炊」とは自分でゴハンを炊くことではもちろんなく。既存の本や雑誌をスキャナで取り込んでパソコンなどでも読んだり見たりすることができるようにする行為であります。
スキャナそのものは最近はプリンタを一緒になっていたりするのでそんなに珍しいものではありません(ただ…使うかな、と思って購入しても結局ほとんど使ってない機器ベスト10には入りそうな)。しかし実際に本や雑誌を「自炊」するには大変な手間がかかります。何せ、ああいうのは綴じてありますから基本、それをばらさないといけません。本をコピーすると真ん中に真っ黒い帯ができますが…まさかあの状態で保存するわけにもいきますまい。じゃあ、1ページずつ手で引っ張ればいい、とか単純なものではありませんし(破損するわ、力仕事だわ)…ノリの部分だけ切ってしまえば…となると裁断機が必要になります。
ということでそういう業務を代行してくれる業者も増えているのですが。
スキャン代行サービスの現状と内容比較(Yhaoo!:+D PC USER)

問題なのは行為そのものは違法ではない、というところであります。…いや、あくまで「個人」が「自分の趣味の範囲内」でやるのなら違法ではない、ということで…「うちは個人?だから」ということで業者がやる、となると…その辺はどうなるんだろう? ということであります。
そういうことならコピーするのを全部禁止してしまえ。
てな声もあるにはあります。が、これをやっちまうとCDからmp3プレイヤーに「録音」することだって違法になってしまいます。あるいはテレビ番組を録画することとかまでも。コピーワンとかそういうレベルではなく、全部禁止ということになってしまい…場合によっては創作関係だけでなく家電業界、いや、経済界にも大きな影響を与えることになります。…すごくコマカイ言い方をすれば、最近の電化製品のマニュアルてのはずいぶんと厚くなってきてます。そのためオンラインマニュアルを用意してあるものもあるのですが…これもダメになる可能性があります。ネット上の「誰かの創作物」をコピーするからで…そういう見方を進めるならばネット閲覧すら禁止、という考え方すらできてしまいます(やや大げさですか?)。

「自炊」そのものはかなり昔からあったものなんですが…ここまで大きく?なったのは電子書籍の台頭が大きいとされています。本や雑誌ではなく手持ちの携帯端末やPCで読みたい。でも日本の電子書籍はまだまだラインナップも貧弱であまり浸透していない。じゃあ、誰かが「自炊」してくれたものを読むか…と。
状況の整備が需要に追いついていない、という言い方もできますか。個人的には本当の理想は全部の紙の書籍を電子化して、利用者に選ばせることだと思ってます。どっちか好きな方で読んでくれ、と。これもやはり個人的見解ですが…紙の書籍てのはなくなることはない、と思ってます。少なくともあと100年くらいは。だから共存も可能だと思います。

そのためには業界全体の足並みをそろえて「どうしたいのか?」と決める。まずはそこから始めないといけないんじゃないでしょうか…? 電子書籍容認否認とかそういう話の前に…と思うのですが。なんだかそういう話すらも進んでいなような印象を受けてしまうのです。

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10/26/2010

もったいない

自分、活字崇拝というのがどうにも理解できんのです。まあ、新聞社の調査ですからそういうとこに危機持つのは当たり前っちゃあ、当たり前なんですが。
一ヶ月に一冊も本を読まなかった人、52%も(Yahoo!:読売)。なお、過去には2002年には54%、2009年・1998年には53%という数値があり、それに次ぐ高さとのこと。
…誤差の範囲内じゃねえんですか? 1%でどうこうって。
しかも半分以上、つったって50%台の中でうろうろしてるんならそんなにひどくないと思うのですが。これが80%とか90%も「読んでない」ってことならたしかに危機感もあるでしょうけど…結構読んでる方だと思いますよ。いや、日本人てのは本とか雑誌とか好きな方だと思ってます(雑誌じゃダメだあ、ってんなら話は別ですけども)。

本屋が結構賑わっているというのがその証拠の一つ。あるいは通勤通学中に文庫本なんかを持ってる人の多いこと多いこと。ちょっと買ってみて読んでみる。駅で売ってるのもありますけど、あれだけ買う人がいれば活字離れとか一体何の話なんだ…とか思ってしまいますが。
多分昔はもっと多かったから、減ってしまった今を嘆こう、ということなのかも知れんのですけども。
昔はなかった色んなモノが今はたくさんあるわけです。それらを総合してから活字を「選ばせる」ということが必要なんではないでしょうか。活字さえ、本さえ読んでいれば頭も良くなって知識も増えて人格も高潔になって言うことナシ…なんてどっかの通販の宣伝文句じゃあ、あるまいし。そんなもん、別にテレビからだってネットからだって得ることはできるもんばっかりじゃないですか。

娯楽・エンターテイメントというのは出始め…一般的になってからちょっと過ぎた頃が一番叩かれるように思います。今ですと…ゲームとかネットとか。活字、というより文字によって誰かを楽しませる、という手法は数千年前から存在していたものです。だから、仮に「あんなもんはダメだ」という声があったとしてもそれははるか過去のお話。逆にそういうモノは時間が経つと「芸術性」というなんだかよくわからんもんを帯びてくるようになります。
そもそもは生活の中から生まれ、さらに宗教が絡んで、人間のハダカ描けないから神話上の題材をモチーフにして堂々とハダカを描いた「油絵」から連なる「絵画」というのはその最たるもんであります。ヒトという視覚中心の生き物にとっては最大級の娯楽で、ここからテレビやゲームやネットが派生していった…と言ってもいいんではないか、と。しかし昔に描かれたものはゲイジュツという衣で覆われてしまって、シロウトにはよく分からない世界になってしまっています…。

一昔前には「○○文庫の本を全部読め」なんて人も実在してましたけど。そんなもん、全部読むくらいならもっと色んなもん経験した方がなんぼかマシでしょうに。活字だけで世界は分からない。
「お前が知りたいと思う答の半分は本の中にある」
「半分だけ…? 残りの半分の答は?」
「それはまだ誰も知らない」(坂田靖子「バジル氏の優雅な生活」白泉社版より引用)
選択肢は本以外にいくらでもあるんです。それをむざむざ潰しちまうなんて…もったいない。

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09/26/2010

あんまりいい意味ではない

ように思うのですが「自炊」は。
電子書籍用リーダーが普及するも肝心の読む電子書籍が少ない→では自分で作ってしまおう(iza!)…ここで言う「自炊」とはもちろん自分で炊飯するという意味ではなく。記事中にあるように既存の本や雑誌を自分で裁断して中身をスキャナで取り込むことを言います。たしかに電子的なデータとして変換してしまうことでiPadなどの電子書籍を読める「リーダー」に対応させることは可能なのですが…。

色々意見が分かれそうな。まず手持ちの書籍を「裁断する」という辺りからも。
本や雑誌というのはそのままコピーしてみると分かりますが、構造上どうしても見開き中央が完全にコピーできないようになってます(そういうのに対応したコピー機とかスキャナーもありますが)。そこで完璧に「自炊」するには一度書籍そのものをばらばらにしてしまう必要があります。…そうするとキレイにコピーしたり取り込んだりできるのですが…。
残った書籍の残骸はどうするのか、と。
普通に読もうとするならもう一度組み上げる必要がありますが…そんなん素人じゃまず無理。とすると廃棄するしかない。…自分もそうなんですが書籍は書籍としてのカタチで残しておきたい人にとって、そういうのは堪えがたい話ではないか、と。神経質にホコリの一つもついちゃイヤだ、というほどではありませんが…最低限「本」という状態で残しておきたい方だったりします、自分。

そして…やっぱり著作権。
たしかに書籍を取り込む、という作業自体には著作権関係の論議は及ばないかも知れませんが(しかし解釈によっては侵害になる…?)「書籍」として発行されたものが電子化される、というのはやはり著者や関係者にとっては大きなコトになると思われます。ある程度電子化について知識があるならまだしも、そういうことを全然知らない著者にとっては正に寝耳に水の話ではあります。
しかも↑記事中にあるように著作権手続きを取っていない業者もいる、とのことで…。
…著作権手続き、ってどうやるんだろ…? 著者に連絡して必ずOKをもらう、ということなんでしょうか…? そこまで徹底してやるのならたしかに双方納得できるのでしょうけど、個人で「自炊」するならそこまでは無理でしょうし。普及させるなるならなおさら著作権のことは明確にしておかないといけないような気がします。

と言うより出版業界と電子書籍関係は、書籍の電子化を進めたいならさっさとラインナップを豊富にしたらいいじゃないか…てのが本音だったりします。リーダーが普及するには中身がないとイカンのですが、現状では数が全然足りてないわけで。そうなったら↑のように多少冒険?してでも中身を欲しがるのは当然なんだと思いますが。

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09/08/2010

だから…誰も反対はしない

でしょうに。エロマンガが「これは未成年が見ちゃダメです」となっても。
大阪府の場合:少女マンガを月20冊ほどチェックして1冊につき10ページ以上、あるいは全体の一割以上の「えっち」なシーンがある、または有識者による「選定」を受けた場合は「成年もの」として扱うよう指導(Yahoo!:産経)、ということになるんだそうで。しかしそういう雑誌を出版した側ではなくあくまで「そういう雑誌を少女が簡単に見られる場所に陳列した書店が悪い」というスタンスなんだそうであります。
…内容的にヤバい、と言うと今度は「表現の自由が…」となるのでこういう風にするんだそうですが。
と言うことは同じ雑誌がこっちの県ではフツーに並んでて大阪府では「成年」扱いになるって可能性もある、ということになります。実際↑記事中にもありますが近畿圏はこういうことに厳しいことで知られていますが…。

有害だ、と言い切りたいのなら出版側にもきちっと持ち込んだらどうです?

どういう風に「未成年に有害」というようにしたいのか、その辺がどうにも分からんのです。東京都の場合は「表現の自由」との対立、みたいに言われてましたけど、実際は存在もしねえ2次元のキャラクターに勝手に人格を与えて勝手に傷ついたことにしよう…てなミョーな屁理屈が受け入れられなかっただけなんではないか、と。
↑の大阪にしても月20冊程度の「少女マンガ」をチェック、となってますけどどの辺までを「少女マンガ」と定義するのやら。ンなもん、マニアでも難しそうな話だってのに。絵柄? 内容? 雑誌の方向性? そうしたいのなら出版社もきちっと巻き込めばいいでしょうに。作り手が一番そーいうこと知ってるんですから。

まあ…一方的に数の裁量だけで「有害や」言われるわけですから出版社が相手にするとは思えませんが。なんと言うか…考え方の乖離と言うかお互いの常識のラインが違いすぎると言うか。誰だって当人の意志に反してカネのために無理やり撮影されたチャイルドポルノとか認めたくはないんです(そういう趣向の人がいることは認めますが)。それを摘発する、というのも反対はないでしょう。
ただ…なぜかそのために杓子定規と言うかなんでそこまで広げんねん、と言うか。論拠の一つになってる「そういうのばかり見てると犯罪者になる」というのだって科学的根拠は出てないですし。思い込みで全部否定する、てのは簡単なんですけど説得力が非常に乏しいのですよ…。

さらに書店に指導、てのも。いささか乱暴ではありますが、言うことききそうだからねじこんでみた、てな風にも見えてしまいます。…じゃあ、今度は書店の組合とかそういう組織が「これこれこれだけの売り上げが落ちた」てなこと言い出したら…今度はどこへ持ち込むんでしょうか。
解決して欲しい問題なのですけど、解決に向けて動いてる…と言うより思い込みだけで動いてて双方の歩み寄りもへったくれもない、というのが現状なような。しかも規制する側に力があるものですから、メチャクチャな規制とかが成立してしまいそうな…そんな勢いであります。
どうにかならんのかな、とは思いますが…解決なんか無理なのかなあ、と。

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08/30/2010

なかなかに興味深い

お話なんですが…絶版本の注文もOK、1冊から製本できる「オンデマンド製本サービス」を三省堂が開始予定(iza!)。ただし現在はグーグルブックスで公開されている知的財産権のない洋書のみ(とは言っても約300万点)とのことですが。今後、国内の出版社にも働きかけて和書も増やしていく予定とのことであります。
…非常に興味深いお話なんですが。ただ…コレ、ネット上で発注してデータが届く、というものではありません(将来的にネット上で注文、というのはできる…かも知れませんが、さて?)。東京は千代田区神保町にある三省堂本店に行ってそこで注文して製本してもらう、というやり方になってます。

↑記事中にもある通り、これまでの「復刻版」だとある程度の数が必要でしたし時間もかかってました。…そういう「復刻」専門のサイト、みたいのがあったような記憶があるんですが、たしか…かなりの数、仮発注がないとダメだったような。たしかに時間がかかるもんなんですが。
それが↑この米オンデマンドブックス社製「エスプレッソ・ブック・マシン(EBM)」だと一冊が数分でできる、とのことで。普通の書籍よりはどうしても値段が高くなってしまうと思われますが、絶版本が手に入る、となればたしかに需要はありそうであります。

…しかし。海外はともかく国内の出版社が「いいよ」と素直に許可出してくれるんかなー…という心配はあります。やるんなら全部の出版社…は無理でも大手くらいは揃えたいところではないかと思われるのですが。洋書でもたしかに需要はあるのでしょうけど、やっぱり日本のが読みたい、と思う層の方が厚いんじゃないでしょうか。
例えば研究書とか専門書とか。発行部数が少ない上に絶版、となると研究者にとっては喉から手が出るほど欲しいもんなんじゃないでしょうか。…ああ、てことはやっぱり基本国内全部の出版社の許可が必要、ということになりますか。利益の一部を出版社に還元、ということにしてやっぱり結局割高になってしまって…それでも欲しがる人、というのは相当数いると思うのですが…? 絶版本ということでプレミアなんかがついてしまってる本とはまた別物になるでしょうし。中身が欲しいんだ、てな人も多いとは思うのですが。

ところで。もし、自分がそういう「絶版本」を製本してもらうことになったら…と考えてみたんですが。
…うーむ…なんか特にそこまでして欲しい本、というのは今現在ないなあ、というのが正直なとこだったりします。これは別にそこまで深く求めていないとかそういうのではなく。今発行されてる分でも結構面白いもんで…不朽の名作なら初版が絶版になっててもどっかで手に入るもんですし。

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07/28/2010

二つほど 7/28

色々あって二つほど。

一つ目。電子書籍の出版制作・流通協議会を設立(Yahoo!:毎日)。大日本印刷・凸版印刷が中心となって色んな業種が参加(89の企業・団体)しての立ち上げとなりました。
何をするのか、と言えばやはり一定のガイドラインと言うか設定と言うか、日本における電子書籍の方向性を定めておく…と言ったところなんでしょうか。こういうのはたしかに大手が旗を振った方が盛り上がるものではあります。ただ…同様の団体がすでにあるとかそういう話もありますし。アメリカ主導でやりたくない、というのも分かるんですが、分裂とか合併とか。なんか結果としてそういうメンツの張り合い?みたいになるのは勘弁して欲しいなあ、と。
ある程度の囲い込みは必要だと思われますが(日本の場合諸外国に比べて活字を神聖視する向きが強いような)あんまりがっちがちにやっちまうと今度は身動きが取れなくなってしまいます。
…まあ、まだ始まったばかりなんで何がどうなるか分からんのですが。今後も見守っていきたいと思います…。

二つ目。非常用食糧にお菓子メーカーから長期保存可能な定番お菓子(Yahoo!:オリコン)。今は「カンパン」だけではないのですねえ…。3年とか5年持つ「お菓子」ですか。たしかにイザという時にでも、日頃見慣れていて「安心感」はありますし、甘味からもそういう「安心感」を得ることができますし。
…ウマイんでしょうかね。通常のとそんなに変わらんのならたしかにいくつか常備しておくのもイイかも…。
ああ、でも、↑記事のコメントにもありますけど…気がついたら何もなくても食っちまいそうな。自分、基本的に買いだめができないんですよ…買ってきた端から食ってしまうくせがついてて(冷凍しておくと解凍に時間が必要になるので食わないんですが)。
それに永遠に保存できるわけじゃありませんし。あ…でも期限が近づいたらたしかに合法的?に食ってもいいんですよね…ああ、でも、やっぱり数年間とか置いとけそうもないです、やっぱり。

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07/15/2010

一つの入り口として

いや、方向としてはそれほど悪くないのでは、と思うのですが…これで興味持ってくれるなら。
iPhoneに「朗読少女」、女性キャラクターが名作を朗読してくれるアプリ登場(Yahoo!:まんたんウェブ)。…値段の割りにラインアップが乏しい、とか(それくらいなら自分で文庫買う、とか)短編だけかよ、とか…声優選べないのかよ、というのはやや行き過ぎですか。そんなツッコミと言うか願望と言うか、まだ出始めのコンテンツにそんなこと言ってもなあ…まだこれからどうなっていくのか分からんのに、と自分自身にもツッコんでみたりして。
…ただ。現状、自分はiPhone持ってないんですが、仮に即座に手に入れたとしても…このアプリも即座に入れるか、と言えば。まず入れないでしょう、と。

一つには「羅生門」「よだかの星」「ごんぎつね」は自分の本棚かネット探せば読むことはできます。…いや、そういうアプリじゃない、女の子の声で読んでもらうのがいいんだ…てな気持ちも理解できなくはないんですが…読んでもらうより自分で読みたい、という性質だったりします、自分。さらに読むんなら読むで他の余計な動作はいらないなあ、と。好感度とかそんなんいらんのです。物語の内容が大変に素晴らしいものばかりなのに余分な要素入れられても。…じゃまくさいと言うかなんと言うか…。

でもこれ↑はあくまで自分の考えであって、例えばこれを今までそういうのを読んだことない人がやってみたらどうだろう? と考えてみるとこれはこれでアリかもな、と思ってしまったりして。
本を読め、活字に触れろ、とよく言われますが無理に読ませたってそういう「知的?」な効果は得られそうにありません。面白くもないものを続けられるわけがありません。ただ、触れずに食わず嫌いで結局本なんか全然読まなかった…という状態のまま年だけ喰っちまうのはいささかもったいない気がします(…コトは活字だけじゃないんですが…)。
そうなるとドコで出会うか、ということになります。強制ではなく、自分がドコで活字に出会うか。
そういう「出会い」と考えるなら↑のようなアプリ、てのは非常に興味深いアプローチになりそうではあります。これからどんどんラインアップ増やしていくようですし。値段は…まあ、その辺もどうにかなりそうな。で、ココで活字に出会って次は自分が面白い、こういうのが読みたい、というのをどんどん探していくようになる…。

…うーむ。ちょっと楽観すぎますかね…ここまで人間は単純じゃないですか。
でも何がきっかけになるか分からんもんですし。色々やってみるのはいいことだと思うのですが。

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06/29/2010

「劇」と「実」

「時代劇」と「史実」の区別もつかないのかな…と色んな意味でかわいそうになってきしました。
歴史ドラマのウソとホント(iza!)。そりゃあ…史実を調べ上げるには相当の「力」が必要であります。かの司馬遼太郎氏は一作品書き上げるのにトラック一台分の資料を必要としたとか。それ故にあれだけの臨場感あふれる作品を世に送り出してきたわけですが…そこまでの財力も時間もないのが一般的な創作家ではあります(もちろん他に本業があっても時間を作って偉大な功績を収めた方も多数いらっしゃいますが)。
分かりやすく作って何がイカンのかな…別に歴史の授業やってるわけでもねーのに。

…まあ、江ノ口信天の私見ではございます。別に↑記事に異論と言うか「はあ? 何言ってんの? ンなくだんねーこと言うなや」とかそういう異見を述べたいわけでもないんですが。
時代劇てのは西洋のファンタジーみたいなもんではないかと。物語に妖精やら天使やら出てきても史実を持ち出したりはしますまい(ちょっと強引かな)。さらに進めていくと。アメリカにおける西部劇=日本の時代劇というのもアリなんではないかと思えるわけです。

例えば。遠山の金さんや大岡越前にあるようなお白州の「階段」、これは実はこんなもんなかったらしく、さらに江戸期の調べ物てのはああいう風に芝居がかるもんではなく…武士がいるなら縁側に、それ以下ならお白州に、とかっきり分かれていて…粛々と進んでいったもののようで。階段で「おうおうおう!」なんてのはもちろんなく。その遠山の金さんにしても実際は評価がヒジョーに分かれる人物だったりします。
でも。なんでそんな「階段」とか「金さん」とか注目されるのか…?
そりゃ、その方が面白いからです。やはり個人的な考えですけど、宮本武蔵なんかいい例だと思われます。江戸期の講釈師が色々付け加えていったから今日の「武蔵像」があるわけで。恐らく江戸の初期頃には誰も知らなかったんじゃないか…と思ってます。同様に坂本龍馬も。子母沢寛「勝海舟」に龍馬が出てきますけど、今ほど大きく扱われていません(とは言ってもそんなに昔の書ではないんですが)。でも大きく扱われた方が面白いから今日のような「龍馬像」になってきてるわけです。

ちょんまげの自作とか、その辺は個人的に面白いと思うのですけれど(あんな大きなマゲ結ってるわけないです、日常的に)「言葉」がどうにもおかしい、てのはなあ…立証しようがない問題でもあります。いくら文語と口語で違いがあるったって「こうだ!」と当時の人たちが確実に話をしていた言葉、なんてのは調べようがありません。
なおかつ当時の甲州弁…無理でしょ、そんなん。
今の時代、何をどう作っても「時代劇」にしかならんのです。それは拳銃の抜き打ちをするアメリカの西部劇と一緒であります。馬に乗って牛を誘導して列車に乗せる「カウボーイ」が存在したのはわずか30年程度と言われています。さらに、西部劇でよくある「銃による決闘」のシーン。リボルバーが普及するのよりちょいと前の話で、一説には保安官は副保安官を常に連れていたとか。何をするか、って言うと…元込め一発きりなんで予備の銃を持って歩いてたらしいです。さらにさらに。一発きりですから当たることもまずなかった、とかそんな話まで…。

結局のところあの頃そんな言葉なかった、あるはずねえ、とか重箱のスミつついて喜ぶよりも、その時代の雰囲気を楽しめればいいのでは、と。所詮無理なんですし。今の世でタイムマシンでもない限り(本当にできたら色んな意味で世の中変わりますけど)「真実の姿」なんてのは絶対確認できないんすから。
…今の歴史的資料だってもしかしたら間違ってる可能性だってあるんですし。
想像力しか実現できない世界なんですよ、過去てのは。どんな有力な証拠が出たって簡単にひっくり返っちまう。そんな可能性があるのに「これこれでないとおかしい」「あんなこと言うのは変だ」てのもなあ、と。正解なんかどこにないってのに。

所詮は「劇」なんですよ、「実」がどこにあるのか分からんのですよ、と。ま、そういうことなんですが…拙作「鋭鬼」もなあ…かなーりヤバい橋渡ってますからねえ…一応、作者としてはある程度ソレっぽい「実」は求めているつもりなんですが…やっぱり「劇」ですね。その方が気楽…って言うと語弊招きそうですが…アレは「時代劇」という「史実」ではなく娯楽のつもりで書いてはいるんですが、ねえ…。

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04/25/2010

自分、アマノジャクですから

「桃太郎が腰に付けていたのは?」=キビダンゴのはずが誤答も多数…昔話を知らない子供たち(Yahoo!:産経)。すいません…自分、実は「桃太郎が腰に付けてたの? 刀じゃねえの?」とかとっさに思ってしまいました。いやあ、たしかに歌からすればキビダンゴですな。

↑数字からすればたしかに昔話の「認知度」が下がっているのは事実なようであります。そしてたしかに親から読み聞かせられていないのも事実なようで。…子供というのは基本、親のマネをしますから、本なんぞ全然読まん親が「本を読みなさい!」とか言っても素直に納得するもんではない、と思ってます。だから昔話を子供に知らせたければ例えば人形劇なら忠実に再現した桃太郎などを、絵本なら昔から伝わる(とは言っても昭和後期くらいからでしょうか…江戸期の桃太郎は、お子様にはちと刺激が強すぎるような)ものを寝物語に読み聞かせ…。

…すいません、自分、アマノジャクなもんで。
それでもそう言う風に昔話が「衰退」してるっていうんなら世間が、皆がもうこんなのいらない、と判断したんだから全部捨ててしまおうや…とまで言うつもりはありません。ああいうお話は結構好きですし。パターン化した創作物というのは毛嫌いされる向きもありますけど、実は最も安心できる素材の一つではあります。そういうパターンを何種類も経験することで初めてパターン外、つまり新しい解釈だって見出すことができる…のかも知れないし、そうでないかも知れない。まあ、その辺は…どっか飛び出たもんだけをもてはやしても、その「飛び出たもん」は時間が経てば結局はパターンの一部と化してしまうもんなんで、つまるところ何をもってしてパターン化してるかどうか、そういうとこすらはっきりとは分からないもんであります。

…なんか自分でも何書いてるか、よー分からんよーになってきた…ああ。なんだ、パターンって。昔話だって成立当初から見れば変わりまくって現代に伝わってるのに、昔の「良さ」だけ取り出してどーすんだ、てなことを言いたかっただけなのに。変わって行く「良さ」だってあるんじゃないのか…とか。

あるいは。今、親御さんが子供に買ってあげてる絵本てのは外国のものだったり新進気鋭の作家さんのだったりするんではないんでしょうか。そういう絵本が今後「昔話」として定着していく…なんてことはないんでしょうかね。今後さらに数十年、数百年と調査を続けていけばそういうこともあり得るかも知れませんが…どうなんでしょう…?

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04/22/2010

対立ではなさそうな

「電子図書館」利用してみたいは7割(iza!)…以前にも似たようなことで書きましたが。「電子書籍」は日本で受け入れられるのかどうか…とか。個人的には「紙」と「データ」で共存、と言うか紙の方がゼロになるとは思っていなかったりします。そりゃあ、減ることは減るでしょうけど。相当の歳月を重ねてきているモノがそう簡単になくなるとは思えない(とか言いつつあっさり消滅してしまったモノ、というのも結構あったりしますが)んですが。

それと…電子化でちょっと気になるのが「オリジナルの保護」だったりします。
例えばデジタルカメラというのは最近になって大変に普及しているものではあります(発想そのものから言えば数十年の歴史があるんだそうですが)。おかげで昔ながらのフィルムカメラは減少の一途。身近なとこでは現像を依頼できる店が減っている…ということもあったりします。
が、一部の業界ではフィルムカメラはまだまだ健在だったりします。…対象をいじくられてはいけない職種、警察などではフィルムカメラもまだまだ使われています。デジカメだとカンタンに加工できてしまいますから…。

当然これは書籍に関しても言えることであります。今までのような紙媒体だと「切り貼り」といういささかめんどくさい上に効率も悪い方法しかなかったんですが、電子媒体だと改変など対象をいじくるのはそれほど難しくありません。
…いじくったりできないようにすればいいじゃん、ということになりそうですが。残念ながら現在の技術では100%完璧に保護することはできなかったりします。限りなく100%に近づけるよう恒久的な手間をかける、ということはできるのですが…それだと手間削減のために電子化したのにあまり意味がない、ということになりかねません…。

しかも話は「電子図書館」なわけで。そりゃあ、ネット上で閲覧できたり物理的スペースがほぼゼロになる、というのは非常に魅力的なんですが。…基本的な発想と言うか考え方が根本から違うんで、実は比較しても仕方ないんじゃ…とか最近は思うことがあったりします。それぞれに適した素材があって、それに沿ったやり方でいいんじゃないのかな、無理に電子化を押し進めなくてもいいんじゃないのかな…とか。

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01/17/2010

そんなに無理やり

電子化しなくてもいいんじゃないの、とか思ってしまいますが。
雑誌が電子化されたら購読しますか?→約半数が「購読しようとは思わない」(iza!) なんか分かるような気もするんですが。電子化してPC上でしか読めない雑誌(無料のオンライン雑誌てのはすでに存在してるんですが)てのがあったとしても、有料だと…なんだか二の足を踏んでしまいそうな。まあ、自分の場合は紙の雑誌もほとんど買わない人間なんですが。

無形のものにお金を払えるか、となると。一体どれくらいが「相場」になるんだろう、とか考えてしまいます。
電子化されるとPCのモニタにだけは内容が出てくるわけで。画面上に写し出されている「文字の羅列」は情報そのものなわけです。…しかし「手に持って」とかそういう感触はないわけで。特にどっかに保存しない限りPCの電源落としてしまえばハイおしまい、という代物でもあります。
一方で紙に印刷してある雑誌も「文字の羅列」=「情報」ではあります。でも「雑誌」という物体として捨てたりなくしたりしない限りそこに「存在」し続けます。…「買った」という認識が強い、という言い方もできるでしょうか。
モノとしての存在感がない分、やはり「相場」は低くなってしまうような…。

「情報」だけ、という観点からすれば値段に差が出てくることはないはずなんですが。でも物体として存在してない分なんだか安っぽいと言うかもの足りないと言うか。その辺の一種「抵抗感」みたいなもんがあるんでどうも電子化というのは進まないような気がしてます…日本では。
個人的にはそんなに無理に電子化しなくてもええやん、とか思ってるのですが。ただ、昨今の経済状況?からしますと確実に安くなる(紙代もいりませんし)電子化の方が業界にとってもオイシイ方向なわけで、そういうとこからすると止むなしなのかな、とは思ってしまいますが。
…一方で電子化てのは無断複製や著作権上の問題やらが紙媒体よりもシビアになってるので、そっちもどうにかして頂きたいとこではあるんですが。

結局自分も↑のように「電子化されたら買いますか?」と聞かれたらやっぱり「買わない」と答えてしまいそうな。こういうのはやはり年代による差もあるんでは、と思いますが。将来はこういうのに全然抵抗のない人たちが多数現れる、のかも知れません…。

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01/12/2010

なんかフクザツ

書店に革命?雑誌+様々な商品・CDの新譜も(iza!)。…ううむ、「革命」てのはどうなんだろうな、というやや複雑な印象であります。別に書店でCD売ってもいいんではないか、とは思いますがその理由が「CD販売店より書店の方が販売網が広いから」てのは…極論で言えばCD屋さんはもういらない、とかそういうことなんだろうか、とか…いや、そこまではさすがにないですか。新たな販売経路を探す、というのはどこの業界ででもあることはあることですし。

そして「おまけ付き」雑誌。内容によってはたしかに「おまけ」が主体で雑誌が従、というのもよくあるものであります。大変に分厚い雑誌?が特に婦人誌ではごろごろしてるような。
…もちろん有名ブランドの商品がこれだけの値段で買える! というのは魅力的ではあるのですが…。
なんでそんな値段で売ることができるんだろう? とやはりアマノジャクに考えてしまったりします。担当と企業側との「繋がり」でもって安くなってるのか、あるいはどこか商品の「質」を落としているのか…などなど(結構意外と単純なからくりでもってああいう値段にできるのかも知れませんけども)。
本来ならいくらくらいというのまでは分かりませんが…なんか不自然に思えてしまったりします。

別に出版社のそういう努力に対して不満があるわけではないのですが。
ただ…なんか複雑だな、と。本当なら雑誌の内容でのみ勝負して欲しいとこなんです。でもそれだけでは売れない。じゃあ、こういう手はどうだろう…と「おまけ」を付けてみたら他のみんながやり出した。特に婦人誌ではその傾向が強くてどれもこれも分厚く積んである。さらに他業種まで参入?してくるようになってしまった…。
やっぱりフクザツな思いであります。でもこうしないと生き残れないのも事実なんですよね…。

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12/29/2009

なんとか狩り

孫の前でタバコを吸うおじいさんが出てくる児童誌が販売中止に(Yahoo!:読売)。タバコと言ってもよく見る紙巻タバコではなくキセルかパイプのようですが…明らかに小道具の一つやんか。
なんか、こういうのがいつかは出てくるだろう、と思ってはいましたが。そこまで「くさいものにはフタ」で全部OKにしたいんですかねえ…害があるものならなおのこと真実の姿を知っておくべきだと思うのですが。

それに…「タバコは体にいいんだから君たちも吸いたまえ」と孫に勧めるおじいさんが出てくる児童誌なら、そりゃあ発売禁止もうなずけますが。小道具としてタバコ吸ってるだけのおじいさんも規制対象に、ですか。こりゃ、その禁煙団体さんはもっと頑張らないといけないんではないですかね。そういう映画や小説・マンガ・はたまた舞台や落語なんてのは洋の東西を問わずに星の数ほどもあるんですが。そういうのには進言なさらないんでしょうか…? それともすでに世に出ちゃってるのはいいから今後出てくるのは規制したい、とかそういうご意見なんでしょうか…? まあ、発売中止にこぎつけたのが今回のケースで実は色々やってます、ということなのかも知れませんが。
それでも個人的にはどうも、やりやすいところからとりあえず点数稼ぎでやってみた、てな気がしてしょうがないんですが…。

それに「たばこ規制枠組み条約に違反する」という指摘にしても。
たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(外務省:PDFファイル)
「そういったシーンのある創作物は出してはいけない」という条文などあるわけもなく。ただ、「そういった印象を与えるような媒体は規制が好ましい(全部禁止せい、ともとれるんですが自国の憲法上無理なら制限してくれ、となってます)」というように「第十三条 たばこの広告、販売促進及び後援」には書かれてあるように思えます。…しかもどう考えてもこのくだりは「たばこを買うように勧めている広告とか販売促進方法とか後援行為」に対して、であって創作上の一行為、しかもたばこの販売促進とは特に関係ない行為とは無関係なように思えるのですが…?

実は↑の条約が基になってあの「タスポ」ができてます。つまりは「第十六条 未成年者への及び未成年者による販売 (d)」の「たばこの自動販売機が未成年によって利用されないこと~」から成人認証ということでタスポができたんですが…そこから自販機の客が減る→対面販売増える→じゃあ、そっちを重視しよう…ということで豪華なオマケつけたりするようになってきてます。さらに対面販売ならタスポの確認が必要ないので未成年者に売ってしまう可能性も高くなってしまいます。さらにさらに。もっと対面販売で買ってもらおう、ということで誰の手にも届く場所での販売を行なっている店舗もあったりします…。
条約を守るように、ということなら↑こういう行為は全部「ダメ」になります。…いいんですかね、こっちは放置しといても?

「なんとか狩り」ということで、特に「言葉狩り」で消えていったり無名のままになっている名作もたくさんあります。もちろん行き過ぎた考えは規制する必要があると思われますが…程度、というものがあると思うのですが…どうなんでしょうね?

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11/15/2009

とりあえず解決…?

となりますかどうか。
Google書籍データベース化、修正和解案提出…基本英語圏限定(Yahoo!:読売)。前々から物議を醸していた「書籍の電子データベース化」でしたが。しかし火種はまだまだくすぶり続けそうな印象ではあります。

Googleが構想?していたのは「アメリカ国内での全書籍データベース化」というものではなく「絶版書籍のデータベース化」というもののようで。ただしアメリカ国内での絶版…ということなんですが拡大解釈していけば全世界の書籍をもデータベース化するんではないか…ともとれるわけで。扱いが「アメリカ国内では入手できない=アメリカ国内では絶版」という解釈ならどこの国のでもデータベース化できるってことなんじゃ…と。
ということで日本を含む各国から反発が起きてました…しかも基本「自動登録」で、データベース化して欲しくないならこっちへ連絡してくれ、というあっち側本位の姿勢も批判されてました。

今回の修正案はアメリカ・イギリス・オーストラリア・カナダの出版物に限定し、さらにGoogleだけがこういうことできないような仕組みを作る…というものでひとまずは「日本の書籍が勝手にデータベース化」は避けられる、ということにはなりました。
…でも…なんかまだまだ先がありそうな。まだ完全解決とはいかないような気がしてるんですが…さて。

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10/26/2009

逆に3割は支持

と、ややアマノジャクなことも思ってしまいましたが。
Googleが世界的に進めている「書籍データベース化」事業、6割が「不支持」(Yahoo!:毎日)、これは毎日新聞が行なった調査で書籍の全文をデータベース化してネットで読めるようにする…というGoogleの取り組みをどう思いますか? というもので、その結果6割が「評価しない」ということになった、と。
…著作権的にどう、とかそういうことするGoogleが気にくわない、ではなくて「ネットで読むと目が疲れそう」がその理由、てのは…なんか肩すかしくらったような。たしかにPCやら携帯やらの画面をずっと見続けるとなると、かなり疲れそうではあるのですが…実はちょっとした文庫本一冊程度でもかなりの文字数があるものですし。ネット上とリアルの本では読む環境が違うものではあるのですが。
そのため前にもちょろっと紹介しましたけど、専用の「リーダー」があったりします。これはネットからダウンロードしてきて読むことができるキカイなわけですが…大抵は文字だけモノクロ液晶画面とかで、目には優しいかと思われます。

まあ、それよりも何よりもGoogleの「全世界書籍データベース化」なのですが…。国際ペン、Googleの行為を批判(Yahoo!:毎日)と国際的にも「嫌だ」という動きが広まりつつあります。…もっとも、アメリカの図書館などがGoogleに対して起こしていた「図書館の本を無断でデータベース化していた」訴訟は和解が成立。簡単に言えば「著作権が消えたり絶版してるのならデータベース化してもいいかな」という方向になりつつあります。
絶版、ということはその本はもう新たに出版されない、ということなんですが…アメリカ国内で入手できない=絶版という扱いのようで。そうなるとなんかちょっと意味が違ってくるようにも思えます。さらに一旦掲載されてデータベースから削除してもらうにはGoogleに連絡する必要があります。つまり、知らないうちに載ってた、ということもあるわけで。その辺も、どうも…と戸惑いもあります。
実はこういう「戸惑い」は「外国の著作権も自国の著作権と同等に保護される」を基本趣旨の一つに持つ「ベルヌ条約」がもとになっています。Googleはアメリカの会社ですからアメリカでの著作権法に従うことになりますが、↑のデータベース化に関する条件が承認されるなら、アメリカ内の外国の書籍にも適用されるのではないか…ということでもあるわけです。そうなると影響は相当の数の国に及ぶことになります。

…実際はもっと複雑かつヤヤコシイ問題らしいのですが。法律的にも概念的にも。たしかにそうやってデータベース化できれば検索も楽になりますし本との出会いも増えるかも知れません。が…著作物の一部や全文を掲載してしまうのはいかがものかと。それで満足してしまったら本を買う人が減ってしまうのではないか…とか。
早急に結論は出ないと思いますが、それでも早いところ何らかのカタチが欲しい。そんなところではあります。

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09/27/2009

縁とは異なもの

題名も作者名も分からない「覆面文庫本」設置(iza!)。あるのは簡単かつ抽象的な説明文だけで後は何も分からない「覆面」状態の文庫本なんだそうで。たしかに興味深そうな企画ではあります。…ノリ的にはヤミナベみたいなもんなんでしょうか…これ、と選んだのは必ず買わないといけないとか(…そこまではないですか…)。

ただ、「どれを、どんな本が面白いか分からない」というのはある意味非常にゼイタクな悩みだと思うのですが。未知の領域をこれから知ることができるわけですし。入り口で引き返しても問題ないですし、ちょろっとだけ踏み込んでみてもいいわけで。…もちろん更なるディープな世界へ迷い込むことも可能。
そういう欲望?があって時間やお金に余裕があるなら手当たり次第、なんかちょっとでも(タイトルでも作者名でも装丁でも)引っかかるようなものは全部買ってしまう…とかそういうこともできます(好きな作者とかシリーズで買うならこんなことは逆にできますまい)。文庫本なら新古書店にでも行けば安く手に入れることができますから、たしかにやろうと思えばできないことではない、と思います。
が…コレやると読まない本が溜まっていくんですよねえ…。
いっとき「なんとかの謎」「なんとかについて」みたいな知識欲を満足させてくれそうな文庫本、てのを手当たり次第に買っていったことがあるのですが。言っちゃなんですが時々「ハズレ」があって、どうにも読む気にならない。で、そういう本はどんどん溜まっていっていつの間にかかなりの量になってしまう、という…でもそんな風に何気なく買ってみた中から「コレ!」てな本が出てくることもあるので油断はできません。

最近自分のお気に入りの北森鴻のミステリなんかもそうで。そもそもは北村薫の本を探していたのですが…両方「北」ということで近くに並んでいるのでついつい買ってしまったのが最初だったりします(北村薫の本にしてもそもそもは昔から好きな北杜夫の本を探していて、だったりするんですが)。
…まあ、こういうのはホントに好き好きなんで…個人個人次第なもので…こうしないといけない、てなもんがあるわけではなく、出会いとか縁とかそういう観念なのかも知れません…。

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09/07/2009

タダでも

内容はかなり濃いもんがありますが、フリーペーパー。逆に「タダより高いものはない」という言葉もありますけども。
フリーペーパー、3~4年前の創刊ピーク時に比べると半減(Yahoo!:産経)。「フリーペーパー」とは要するに「無料の雑誌」というもので、お金を払う必要なくタダで持って行ってもいい雑誌(とは言ってもさすがにそんなに厚くはないですが)のことであります。駅やコンビニなどに専用ラックが置いてあって好きなのを持って行ける仕組みになっているところもあります。
たしかにピークはそれくらい前だったかなあ、と。やはり内容的には不動産や就職関係が多いんですが…最近のは薄さがさらに加速しているような。ちょっと前はもうちっと厚かったような…と思ったりすることもあったりします。

普通の雑誌のように販売することによって利益を上げることができませんので、恐らくは広告収入が主になってるかと思われます。それこそ不動産や就職関係ならこのスペースでいくら、掲載するのにいくら、という風に決まっているって話ですし。そういう「顧客」がいないと成り立っていかないものではないか、と。
大手なんかだと他の有料雑誌で利益を上げておいて、こっちのフリーペーパーの「穴」を埋める、なんて手も使えそうですけど…どうなんでしょうね、そういうのまでやってるんだかどうか。
しかしそれでも↑記事にあるように各方面に特化しているものもあって、有料ではなかなかできない方面へ進むことも可能なようでもあります。

ただ…これって都会ならではの「流行」なんではないか、とか。
地方でも例えば商工会議所とか地元有名企業とかが出してるフリーペーパーがあったりしますけど、それでもここまでの数や内容はないでしょうに。そういうとこまで発展していけるようになるとこれはこれでまた面白そうなんではないか、とか思ってしまいますが…。

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08/26/2009

好きかどうかは当人次第

「読書好き」を増やそう、と「子供司書」を育てる取り組み(iza!)。「子供司書」と言っても当然のことながら子供に図書館の業務を代行してもらう…とかそんなんではなく。実務的なこともやるようですけど読書に親しむ人のイメージ、ということでの「司書」であります(って当たり前ですか…)。

「活字離れといわれるが違う。日常的に本に触れ合える環境さえあれば読む」(「」内↑元記事より一部引用)
福島県矢祭町立東舘小の宍戸仙助校長のコメントです。たしかに「活字離れ」「読書離れ」ではなくそういう環境が減って行ったから子供が本を読まなくなった…という考えには賛成であります。
個人的な考えなんですが。子供に書を親しませようと思ったら最も効果的なのは「親が読む」ことではないか、と思っております。日常的に親がなんか(この際本でなくても雑誌でも新聞でも)読んでいれば自然と子供も「なんか」を読むようになるんではないでしょうか。

さらに個人的考えを述べさせて頂くなら。読むのを継続する必要があります。いつもはそういうのは読んでないのに子供の前だけで読んで見せる、というのは逆効果でしょうに。元々本なんてのは娯楽品であります。もちろん教養とか実用とかそういう分野のものもありますけど…基本は「娯楽」であります。楽しむために読むんであって強制させられて読んでも、そんな姿見ても子供が果たして自分からなんか読むようになるか、と言えば…かなり疑問ではあります。

活字キライ、という人は実は結構↑こういう経験があったりするんだそうで。宿題で読書感想文が~とかそういう流れで仕方なく興味も何もない、つまらない本を読むことになって…オトナになってもなんか活字はいいや、とかそういう風になってしまう…。
結局は楽しむための道具にすぎないんですから、そう大仰に構える必要もないんではないでしょうか…?

…ところで↑記事に画像が付いてるんですが…これには「ラマダンに際し、聖典コーランを読む神学校の生徒」(「」内↑元記事より引用)というキャプションが付いてるんですが…。
いや、そりゃ、ちょっと違うんでないかい? と。ある意味学校で教科書読むようなものでしょうけど(それも違うかも。もっと深遠にして重大な行動なような)…コーランなんですから「本が好きになりますように」というのとは大分意味合いが違ってくると思うのですが。

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01/12/2009

二つほど 1/12

今年最初の二つほど。

一つ目。アメリカ・ニューヨークの「推定」140歳のロブスター海へ帰る(Yahoo!:ロイター)。これはメイン州(ニューヨークより北…アメリカ東海岸では最北の州)で二週間前に捕獲されたロブスターなんだそうで。シーフードレストランに買われていきましたが…レストランでは食材にはせずにその巨体を生かして一緒に記念撮影する、などの一種マスコットとしていたんだそうで。しかし動物保護団体の勧めもあって海へ返すことにしたとのこと。
まあ、そのままレストランで生き続けるか海へ帰るか…どちらがいい、とも言えないような。そりゃ、その動物保護団体からすりゃ帰した方がいいのでしょうけど。
でもちょっと気になったところが。…140歳ってどうやって判定したんだろ? と思ったら「重さで判断できる」とのことなんですが。これは同レストランのオーナー氏の弁なわけですが。長年食材を見てきた氏にしてみれば当然、ということになるんだかどうなんだか…? 個人的にはなんだか怪しいなあ、と思ってしまったんですが…その辺はたしかなことも分からないんで細かくは、なんとも。
貝類なんかのようにはっきり年齢の分からない甲殻類はそういう判断が難しそうだなあ…と思っていたんですが…さて。

二つ目。「くまのプーさん」の続編、80年ぶりに出版(iza!)。え…! 原作者ミルンの未公開原稿でも発見されたんか…! と、期待したんですが…。
なんか、どうも違うようで。イギリスの脚本家がストーリーを担当、挿絵も本家とは別に描き起こす、と。
…どうもなー、そういうのを聞くとなー、色々不安になってしまうんですけどねー…。某別視点から見た野球マンガとか某王子(王女)物の続編とか。あるいは実写化されるアニメとか。そういうのは日本の例であってイギリスじゃあそんなんにはならないよ、という声もありそうですけど…やっぱり不安を感じるのは変わらんわけで。「2」は大抵コケるもの、という法則めいた格言?もあったりして。
プーさん、と言えば版権がモメにモメたことでも知れられています。今は、一応?落ち着いてるみたいですけど(だからこういう話も出たのかな…)好きな作品でもあるので…日本語訳(岩波版)が特に素晴らしい海外作品てのもなかなかないような…あんまりいじくり倒して欲しくないなあ、そっとしておいて欲しいなあ、と切に願ってしまうのですが…。

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01/02/2009

2009≒009

なぜか、というとちょっと語弊があるかも知れませんが…今年が2009年ということで石森章太郎「サイボーグ009」の公式サイトが1/1にオープンしました。
:: Cyborg009 Official site ::
「サイボーグ009」と言えば「サイボーグ」という言葉そのものを世に定着させた、と言ってもいい作品かと。1964年連載開始ですから…もう45年も昔になってしまいますか…その後も連載はあちこちの雑誌で続き、アニメにもなりましたが。たしか完結しないうちに作者の石森氏が亡くなってしまった、という非常に残念な作品であったように記憶しています。
…ただ、後で聞いたとこでは005や008の扱いであるとかそういうとこで色々あったらしい、とかそんな話もあったりして。世界中が舞台なんでそういうことも多々ある…らしいんだそうであります。

石森章太郎の漫画、というと実は好きな方なんですが。でもなぜか持ってる作品が少なかったりもします。「さんだらぼっち」「十八文(一巻のみ)」「佐武と市捕り物控:死やらく生」…って…あれ、こんなもんだったかな…? 多分引っ越した時に処分してしまったような…今考えてみると結構惜しいのを売ってしまったり上げてしまったりしたような気もしますけども。
その中に「サイボーグ009」もあったはずで。小学館版だったかな…よく覚えてないんですが。

いずれにせよ昔(と言ったら失礼ですか)の作品、特にこういう「良い」作品に再びスポットが当たる、というのは非常に喜ばしいことだと思います。自分らの世代だと「009」はほとんどが知ってる(アニメ中心?)と思うんですが、もっと若い世代だと…例えば古本屋かなあ…そういうとこで目にした、とかそんな接点しかないような。
…まあ、昔のものまんまが全てイイ、というわけではありませんが。昨今の懐古ブームで無理に掘り起こして結局はウケずに流行りも何もせずにまた静かに眠りにつく、なんてケースも結構あったりしますし。

それでも自分が好きな作品が取り上げられるってのはやっぱり嬉しいもんであります。いい機会なんであちこち探ってみようかな…。

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11/10/2008

モラルの低下だけじゃなくて

なんか違う方向へ進んでるような…大丈夫か日本人。
2007年度に全国主要都市の図書館で「行方不明」になった本は約28万冊、被害総額は約4億円(Yahoo!:読売)。ただし、これは読売新聞の調査で関係省庁が全国的に行なった公的な調査…というわけではありません。道府県庁所在地と政令指定都市、東京都と23区の計74都市区が対象で、回答があったのはそのうち「行方不明の本」は69都市区で「被害金額」は64都市区ということですんで…簡単にいくら、という計算が成り立つものではないようであります。
…でも…これだけの被害、いや、金額がどうとか何冊消えた、というのではなくて。そういう行為が平然と行なわれている事実というのが大変に哀しく腹が立つことでもあります。

中には表紙やカバーだけ残して中身だけ持って行かれた本もあったとか。悪質なのですがなんでそんなことするのか理解に苦しむ行為ではあります。
相当に重要な本ならそこまでして内容が欲しい、というのもあるかも知れませんし苦学生(現代でもいるこたいます、お金のない学生サン)ならつい…というのもあるかも知れませんが。普通に手に入る本を破損させても、そういうのはまず売れないので不必要になったらゴミとして捨てるしかなくなります。…個人的には愉快犯的に破ったとかそういうのかな、とも思うのですが。あ、でも、そういうことをやる奴は何もなかったような顔して黙って棚に戻したりするんで…やはり中身が欲しかった、ってことになるんでしょうか…?
しかも「ついうっかり返すのを忘れてしまった」ケースだけではないような印象ではあります。借りる手続きを取らずに勝手に持って行くしかも本を破損する…。

こういうのは公的機関でもってきちんと調査してきちんと対策をとるべき、なんでしょうがどうにもそう簡単には行かないようで。例えば全部の本にタグつけて出入り口にゲート設置する…とかそんなことするくらいなら蔵書の方へ予算を回したい、という意見もあるんだそうで、それはたしかにうなずける話ではあります。でもこんなことが続けば、極端に言えば図書館の存在意義も危うくなってきてしまいそうな…ただでさえ数が減ってきてるのに。
救いようのないバカとかアホとか、そういうのはどの時代でも存在しているものですが。それでもどうにかできないことはないわけで。今からでも遅くはないですモラルの回復作業を始めるには。

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07/31/2008

ヤンサン休刊

「休刊」と言っても「復刊」するのかどうか…かなりナゾではありますが。
今日の発売号が最終号となります。小学館ヤングサンデー休刊で連載作品の移籍先などが決定(Yahoo!:オリコン)…ほとんどがビッグコミックスピリッツへの移籍、ということになるようでありますが…。
こんなに移籍して今度はスピリッツの方は大丈夫なのか、とか心配になってしまいますが。ほとんどの作品が「スピリッツ増刊号」でワンクッション?置いてから秋以降にスピリッツで連載再開ということになってます。…これもなんだか微妙な間が空いてるんで、なんだか気になるところではあるのですが…雑誌が減るってことはそれだけ作品が減るってことになりますんで、仕方ないっちゃあ、仕方ないのかも知れませんが。

実は自分、あんまし雑誌は買わない方で。…結局ゴミとして出すことになるんで、それならマンガなら単行本として出るのを待って一気に読んだ方がいいとか思ってたりします。その他の情報雑誌にしても結局は文庫になったりしますし…文芸誌というのもなんだか縁がないような状態で。小説とかエッセイとか、ってのは文庫の時点で初めて触れて、それから買う…というパターンが多いです。その方が場所も取りませんし。
それでも雑誌の休刊やら創刊やら、というとなぜか気になる方だったりします。買わないし、読まないのですが。
…実は定期的に買ってる雑誌が二つだけあって、そのうちの一つが小学館モノで、ヤンサンの作品がそっちへ来るんじゃないか、とかそんな予想もあったりしたんですが…さすがにそれはないですか。「サンデーGX」というちょっとマニアック?な雑誌なんですが。

雑誌てのは結構色々幅と言うか相当に多種多様なものではあります。単純に発行部数だけ比べたらヤンサンよりもはるかに少ないのに継続して発行してる雑誌も多数あったりします。
…そういう無数の可能性と言うかあり方と言うか。そういうのは尊重して頂きたいとこなんですけど、実際問題としたらなあ…不景気だし、物価はがすがす上がってるし…と。作る側としてもなかなか難しそうなのが現状ではありそうであります。

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04/03/2008

としょかんあれこれ

図書館。…近場にあれば行くのかも知れませんが…なかなか行かないなあ…。
一方で最近の図書館には変化が起きているんだそうでネットでの予約開始、ビジネス支援サービス開始、などなど…本を貸し出す場だけではなくなりつつある(iza!)んだそうであります。
…ただ…↑これは東京都は江東区の図書館のおハナシなわけで。地方へ行くと図書館を作るスペースも予算もないってんで「移動図書館」なるものが巡回してるとこもあったりしましたが…今でもやってるんだろうか、ああいうサービス。

自分は基本的に本を「借りる・貸す」という行為があんまり好きな方でない人でして。…これは学生時代、寮に入ってたんですが、ああいうとこだと勝手に本を持って行かれて勝手に売られる、なんてことが当たり前に起きてまして。多分当時持ってた本の半分近く、そういう末路を辿ってるはずなんで…その辺からか「厳選して新品や中古を買って完全に自分のモノにしてしまう」というスタイルに落ち着いてしまいました。だから友人や家族に「これ貨して」と言われると、相当に大事な、あるいはめったに手に入らないやつでない限りあげてしまってます。貸すことはほとんどありません。…言い方、ヘンですけどその方が後くされがないもんで…それに、その時に自分の手元から去って行ってしまっても、縁があるんならまたどこかでめぐり会えるでしょうし。
…そんなわけで「図書館で借りる」というのもなんだか抵抗があったりして。しかも自分、本を読む時…特に長編だところころ体勢を変えるクセがあります。座ったり寝転がったり。…そんなん、図書館でやったらヤバイっす…。

それでも図書館に行くとよくある「古い本の匂い」というのはたまらなく好きな方だったりします。この辺、どうにも矛盾?してるようなんですが…図書館、という場所は嫌いではないのです。ただ、「本を借りる」という行為がどうも…というだけなので。元々本は好きですし。
だから何かで、ふと、図書館行った時は並んでる背文字だけ、じー…っと眺めてます。面白そうなのはちらっと立ち読み。すぐ戻す。図書館内で読むことはまずないです。そりゃ、娯楽以外の例えば絶版の資料で、ここでしか読めない…とかなら話は別ですが。ちら見して、それで面白そうだったら余裕のある時に本屋行って買う、と。
…ある意味イヤな利用客だなあ(笑。

ところで…↑記事内では「日本は先進国と比べて図書館が少ない」という指摘がなされています。まあ、そういうのは簡単に比べられないんではないかい? とも思うのですが。
日本てのは実は結構大量に書籍を消費している国だと思っているのですが。マンガ雑誌だけではなく文庫本を電車内で読んでる若い人、というのは結構います。様々な本の発行部数だってそれなりにありますし。…別に書籍に親しんでいないわけでもないんですし、無理に図書館増やそうとしなくても…と。必要なら自然と増やしてくれ要求も増えていくんではないか、と。
そりゃ、大量の資料の蓄積とか、知識の宝庫としての図書館の役割てのは分かりますけど…外国と比べることなんかな、お国の事情てのはそれぞれなんじゃないのかな、と思ってしまったわけです。

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11/15/2007

使うかどうかは別として

「現代用語の基礎知識」と言えば様々な語句が載っていることでも知られています。書籍、として見ると結構分厚いものですがそれでも何かの機会で目にするとか、毎年購入してるという方も多いのではないかと。…いや、自分は買ったことないんすけど。
今年の「基礎知識」に「初音ミク」「ローゼン麻生」「能登かわいいよ能登」などが登場(Yahoo!:ITmedia)
なんでも2005年からキーワードを登録できるはてなダイアリー -キーワード-から「基礎知識」へこういう語句は記載されているんだそうです。

まあ…語句が一般的か、とか、リアルじゃ誰も使わねーよこんなん、なんてのは置いといて。
新語というのはこうして出来上がっていくものではないか、と。コトバというのは変化していくものなんですが、なぜかそれが無視されるケースも多いもので。新しい語句が生まれて成長して死語になる。あるいは別の言葉に生まれ変わる。またあるいは用法そのものも変わっていく…というのは当たり前のことだと思うのですが、なぜかそれを受け入れられないヒト達がいるのも事実なわけで。
…「標本」というとヘンですが記録として残していくのは学問の仕事でもあります。昔はこれこれこういう言葉があってこういう使われ方をして…てのはアリではないか、と。
フツーに使われている言葉で無理に昔のやつを残していくのはどうかな…と。そりゃ、変化していくったってある程度の「枠」は必要ですけど。いきなり大幅に変わるもんではなく、少しずつ、少しずつ水滴が岩のカタチを変えていくように変化していくものだと思ってます。別に無理に若者言葉使え、ってわけではなく。ガチガチに保守的にやるだけが能ではないでしょう…と個人的には感じてる次第ではあります。

↑の新語?候補?達にしたって来年になったらどうなっているのやら。…「懐かしいねえ」とかそんな風になってるかも知れませんし。
ただ…中にはなんで今頃出てきたんだ?てなもんもあるんで一概にはそう言えないかも。『こんなこともあろうかと』なんてウルトラマンのイデ隊員から宇宙戦艦ヤマトの真田サンあたりが発祥とのことですし。…別に今年じゃなくてもいいんじゃないか、ずっと前からあったんだし、と思ってしまったり。『それにつけても金の欲しさよ』だってなあ…すでに古典じゃねえかと。
まあ、そういうのも含めて「新語」なのかも知れません。こういう既に知られている語句とほんの一握りしか知らない語句が並んでるってのも、ある意味壮観ではありますし。

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10/23/2007

なかなか厳しい

写真週刊誌「フライデー」、前代未聞の出版差し止めからの再出発は厳しいのでは(Yahoo!:産経)…モラルがどう、と言われたらどうしようもないような気もしてるんですが。そもそもそういうのを蹴っ飛ばすのを売りにしていたわけですし。

たしかに…写真週刊誌の「行き過ぎ」ということはよく言われることではあるのですが。
しかもこういうことは日本国内だけではなく。海外のいわゆる「タブロイド誌」と呼ばれる一群の…えーと、あえて言わせて頂きますと「ゴシップ誌」、あるいは「真実半分ウソ半分誌」てのは言い過ぎか…要するに結構アヤシクかつアブナイこと書いてる雑誌、ということで。そういうのはどの国でも(合法非合法問わず)あるわけで…↑のフライデーだってそういう要素がゼロとは言い切れますまい。
そういうのをあえて笑い飛ばしてネタとして読むのが趣味、てな人もいますし。
でもたしかに昨今の情勢では、ちと厳しい面があるのも事実ではあります。ダイアナ妃が亡くなった、とされている理由の一つにそういう雑誌とは深い繋がりのあるパパラッチの執拗な追跡があったのでは…という話もありますし…。

なんか変わろうとしているのかも知れません。色んなとこで。直接は関係ありませんがここんとこ連続した各種様々な不手際による大臣辞職とか。少し前なら問題になっていたのかどうか怪しいところではあります、ああいうのは。
「固く」なってきたのかな…世論が。とかそんなことも思ってしまいますが。ヘンなところで融通がきかなくなってきてるような。そんな気もするんですが…どうでしょう?

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07/21/2007

ファンタジーって

ハリー・ポッターシリーズの第七巻…つまりは完結編がついに全世界で発売となりました。…もちろん作者のJ・K・ローリング氏の母国語である英語版のみ、ですが。和訳されたのが出るのはいつになるか分からないとのことではあります。
Yahoo!エンターテイメントトピックス:ハリー・ポッター
発売前の流出だとか色々あったようですが…これも世界的人気作の宿命、というやつなんでしょうか…。

ハリポタによって日本でも「ファンタジー」物というのが台頭…というより世間に認知されるようになってきました。多くは海外からの翻訳物で(ハリポタの二番煎じ観は否めませんが)キーワードは「魔法」「妖精」「怪物」などが上げられます。
…そもそも「ファンタジー」とは何だろうか…?
「誰も知らない小さな国」などで知られる童話作家の佐藤さとる氏が以前
「ファンタジーとは、本来あり得ないことを、あり得るように描いて見せる芸だ」(ファンタジーの世界:佐藤さとる著より引用)
と書いておられました。つまりは実際には起こるはずのない出来事をさも起きたかのように読者に信じ込ませるようなお話…が、ここだけ取り出してしまうと世の中の創作物てのは全部「ファンタジー」になっちまいます。「創作」というヒトの作業が加わることによって、ごくごく自然に普通に起きた事だってどっかに「創った」ことが入り込んでしまう。…いや、そうでないと創りだしたことにはならない…。
…まあ、ファンタジーの定義てのは人によって様々ではあるのですが。個人的には「不思議な要素」「非日常的な要素」の割合が非常に多く、なおかつ徹底してリアリズム(あるいはダイナミズム)を追求してるモノ…と思っていますけども。

ところが…なんだか最近思うのですが。
どうも日本と海外、特に欧米ではこういう「ファンタジー物」に対する捉え方に大分違いがあるんでないかい? と。向こうで言う「fantasy」とはこっちで言うところの「時代劇」みたいなもんではないんだろうか…と。
どちらもかなりの年数基本設定が変化してませんし、守らなければならないルールも多いですし。

例えば日本製の「ファンタジー」で万人向けと言えば…ゲームですが「ドラクエ」になるでしょうか(そりゃ、マニアックなとこで言えばハルヒとか電脳コイルとかアリエルとか色々あるんですが)。でも、ドラクエを海外に持って行って(実際に輸出してますけど)…一切の手直しなしに販売したとして…一般大衆に受け入れられるんだろうか…? と。似非ファンタジーみたいな目で見られてしまうんではないか、と。
今度は逆のパターン。「ラストサムライ」というアメリカ映画がありましたが…アレに違和感感じた方って結構いるんではないでしょうか。あるいは「NINJA」とか「SAMURAI」とかそういう役どころで演じられる無数の欧米キャラクター達。…どっか何か違うような、こんなの時代劇じゃねえよ…とそんな感覚をおぼえたことはないでしょうか…?
日本にだって優れた「ファンタジー物」は多数あります。でもそれは向こうの「fantasy」ではない。逆に向こうの「samurai」物はこっちの「時代劇」ではない。お互い様、と言えばお互い様ではあります。「日本の」「欧米の」と変なくくり持たずにそれぞれ楽しむ、というやり方がもちろんベストなんでしょうけど…100%そういうことするのは無理なんで、逆にそういうギャップを楽しむ、というのもアリかも知れません。

…結局のところ…「ファンタジー」ってなんだろな、なんか、各個人でそれぞれ勝手に思い描いていてもいんではないかい、とか…そんなことも思ってしまっています。前述↑の「ファンタジーの世界」でも「定義が広すぎる」的なことも書かれてあったりしますし(初版1978年でっせ)…色々細かいところ口出すのもヤボ、みたいな。
ただ…日本の和製ファンタジーにもいいものがあるんだよ、ライトノベルなんて言われてるけど要は作品個々の出来次第なんだよ…と。
世界てのはやはり広いんです。知らないことの方が多いんです…と。

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10/06/2006

続編のピーターパン

「ピーターパン」の公式な続編「ピーターパン・イン・スカーレット」が英国の人気女流作家の手により執筆・31ヶ国で発売(Yahoo!:JIJI)…大元?の作者であるジェームス・マシュー・バリーが100年も前に書いた「ピーターパン」。内容は…永遠に年をとらない少年・ピーターパンがウェンディ達姉弟をネバーランドへ連れて行く。そこでフック船長やその他登場人物たちとおかしな出会いをする…というもの。ディズニーでもアニメ化されてますし、世界的にも有名なお話ではあります。
ピーター・パン(Wikipedia)

続編の方は本当に「続編」で、恐らくは数年後という設定のようでウエンディは人妻となって登場するらしいです…ってどっかで聞いたような。たしかウエンディの娘って設定、どっかで…↑のWikipediaの日本版アニメ(世界名作劇場「ピーターパンの冒険」)のことだったのかなあ…と思うんですが、どうも記憶がはっきりしません。すでに大人になってしまったウエンディはネバーランドに行くことができず…代わりに娘が、だったかな? それともピーターパンと悲しい再会を…だったっけか…えーと…そもそもどこでコレを見たのか…思い出せません…。
物語そのものを読んだことすら覚えてない、という状況ではあるのですが(汗、実家にあった世界の童話集みたいのに入ってたのを読んだのが最初だったとは思うんですが…もっと正式なのは…読んでないのかそれとも忘れてしまったのか。覚えているのは佐藤さとる「誰も知らない小さな国」の後解説の「バリーに似ているが~」のくだりとか、星新一のショートショートにネバーランドをモデルにしたのがあったよなあ…とかそういうもんばっかりで。
有名な童話てのは意外ときっちり読んでなかったりするもんではあるんですが。

ところで…続編。日本では出ないのかなあ、とか。調べてみると(↑のWikipediaでも)版権関係がちょっと特殊らしいですし「ピーターパン」。版権を小児病院が持ってる、というのも珍しいケースではありますし、英国内に限ってはほぼ永遠に著作権が継続できるような状況だったり(日本ではパブリックドメイン扱い:米国ではディズニー絡みで少しずつ延長)…まあ、続編とはそれほど関係ないことではあるわけで。その辺も含めて微妙なことにならなきゃいいんですが。

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09/12/2006

老婆心ながら…

辞書や専門書で有名な三省堂が書籍でもWEB上でも使える「電紙(でんがみ)辞典」を発売する(Yahoo!:BCN)とのこと。10月10日に「ウィズダム英和辞典・第2版」「ウィズダム和英辞典」、10/27に「大辞林・第3版」を刊行予定だそうです。
コンセプトは「書籍版」「WEB版」の一致といったところでしょうか。今までだとどっちかに加筆や修正があると、もう片方も同時に訂正しないといけない。それがどちらも同じ原本?を用意して管理することでそういった作業をスムーズに行えるようになります。

実際にお金払って手に入れるのは「書籍版」の方で、「大辞林・第3版」が7665円、「ウィズダム英和辞典」「ウィズダム和英辞典」がそれぞれ3300円となってます。
ではWEB版の方は、と言うと…。
↑の記事を見る限りでは専用サイトにアクセス→クイズを解く(辞書がないと分からない問題らしい)→パスワードをゲット、という仕組みで、多分専用サイトも何かしないと(辞書の図書コード入れるとか)行けない仕組みにはなってると思うのですが。そこからクイズで、てのが…なんだか心配なわけです。余計なお節介の老婆心ながら、なんですが(多分辞書買わないし…汗)。
辞書買ってもいないのに簡単に入れてしまってタダで見放題、金出して辞書買うなんてアホらしーぜ、とかそういう事態にならなければいいんですが、と。こういう取り組みはぜひとも色んな企業、特に日本の新聞社なんかにはやって頂きたいものではあります。WEBを目の敵にするんではなくて上手に利用する、というのは今後も各分野で不可欠な理念になるとも思ってますし。
しかしなかなかうまくいってないのが現状ではあります。有料になるとどうしても客が離れる。無料だとあんまり力を入れられない。じゃあ、何か条件つけて(今回だと書籍版購入)無料で解放…となると必ず抜け道見つけられる。…さて、どうするのが一番いいんだろうか、と。

結局のところ「条件」強化しかないんかな、と。書籍版に通し番号入れるとか…入会を義務付けるとか…やっぱり月額100円取る、とか…いや、これじゃ最初っから有料です言ってた方がマシ、か…。
コンセプトは非常に魅力的なんですが。こういうのが不当に利用されるってのが一番哀しいもんなんで…。

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05/25/2006

著作権のお話

映画「ローマの休日」の激安DVD販売に対して配給元のパラマウントが販売差し止めの仮処分申請(Yahoo!:Sankei)。コトはかなりややこしい著作権に関する問題です。著作権の切れた「パブリックドメイン(=公共所有物:個人や団体ではなくて一般公衆が所有)」として激安販売している会社にパラマウント社から「著作権はまだうちにある」と抗議があった、ということです。
著作権 ~新たな文化のパスワード~(文化庁)

映画というのはまたちょっと他とは違う面もあるそうなんですが(配給制度とか人員数とか)、基本的には「創作」した人もしくは団体が「著作権」を有する…という最重要項目は変わっていません。ただ…映画は個人で作る場合がほとんどないので著作権の名義が団体になります。例えば小説とか絵のように著作権の名義が個人なら、その個人が死んでから後50年間は保護されるんですが…団体名義の場合は創作物が「公開」されてから「*」年、というようになっているのです。
この「*」には色々な数字が入るのですが…映画の場合、日本では現在「70」が入ります(書物や絵画などは原則として50)。つまり、今年公開された映画は2076年末までは著作権を主張できます。その年の1月1日から起算するため年末12月31日まで、となります。

「ローマの休日」が公開されたのが1953年。1953+70=2023でパラマウントにはまだ著作権あるんだ、じゃあ順当な仮処分申請だな、と思われそうですが…実は2003年までは「*」の数字は「50」でした。2002年に著作権法の改正が32年ぶりに行われて、その際に「2003年1月1日から映画の著作権保護期間を50年から70年に変更する」と規定したのです。
が…
1953年に公開された映画の著作権保護が切れるのは「2002年12月31日」です。しかし法律の施行は「2003年1月1日」から。解釈によっては施行直前、タッチの差で著作権の保護期間は切れてしまっている。すでに切れてしまった著作権保護は継続しない、という話じゃないか、もうすでにパブリックドメインなんだよ…と。
しかもこの「1953年」てのは国内外での映画の当たり年なんだそうで、こういうケースは多いんだそうで…たしかに司法の決断を待ちたいところではありますが…ううむ。

著作権法てのは世界中にあるのですが…国によっていくつか細かい違いがあったりします。一応「利用されている国の著作権法に則る」という原則があるので↑の場合も日本の著作権法が適用されているのですが。…某国では映画の著作権保護は95年間になってたりします。…いや、まあ、そりゃ、すげえ金額が動くから、なんですが…世界的に有名なアレを守るためなんじゃないか、とかそんな噂も…。

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10/28/2005

積ん読

いわゆる「活字離れ」中高年の方が深刻(Yahoo!:YOMIURI)…そんなもんではないか、と思いますが。活字=本を絶対、必ず読まないといけない…なんてなこた、ないわけで。雑誌や新聞などが主な情報収集源だった頃とは事情が違ってきてますし。何より…「本を読まない奴はバカだ」てな論調は、どうも…と思ってしまうのですが。

たしかに活字には他にはない面があります。例えば得た情報を自分なりに組み直していく能力の訓練だとか。「活字」てのはあくまで情報のかけらに過ぎないので(外国語の本なんか読めなかったらタダの模様ですけど、読めたら立派な情報ですがな)そこから何かを自分で構築していく必要があります。
とあるミステリ作家がこんなことを書いておられたような。
『作者は舞台と役者と小道具を揃えて演出までやる。しかし実際に上演されるのは読者の頭の中だ』
…原文が手元にないんで、詳しいとこまでは…ちょっと。だいたいこんな感じだったと思うんですが…。「活字」という情報から得たモノを自身の中で組み立てて、自分のモノにしていく…というところでしょうか。

ところで。テレビやらゲームやらが活字に比べて数段劣っている、というような見方が多い世の中ですが(ついでに笑いも下劣なものとされてますが)、これだって立派な情報です。そこから組み立て直して自分のモノにすることはできます。
…なんだか言い方固いですけど…勉強しろ、というのではなくて。何か役立つモノを必ずゲットしよう…という観点から言ってるわけではないのです。ンなことだけ考えてたら世の中のモノ全部そういう「面白くない」対象になってしまいますがな。なんでもいいんです。「あ、キレイだな」「これ欲しいな」「こんな人がいたらイイな」「カワイイ!」「ちょーキモいんだけど」などなど。興味を引く、何かを感じることのできる対象は星の数ほどあります。
そうやってあっちこっちから色々取り込んでいって自分のモノにしていく。…別に活字だってテレビだって絵だって何だっていいわけで。面白けりゃ、どんな媒体だってOK。

…ちょっとズレてしまいましたけど。まあ…なんでこんなに活字にこだわるんかいな、と。他の媒体を貶めてまで活字の復権を目指さんでもいーだろーに、と。たしかに昔は活字が主流だったわけで。しかし今は他のモンがたくさんある。そこから得られるモノは活字から得られるモノと違いはない。ただ、取り出し方が違うだけなんではないか、と。

それと…実は中高年の活字離れって…「買ったはいいけど読んでない」てのも多そうな。そんな気もしてるんですが…。

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05/26/2005

星の王子様、増殖?

今年一月に「星の王子様(サン・テグジュペリ)」の日本語訳の著作権が切れたため、各出版社が新訳を続々出版予定(Yahoo!:Kyodo)…今までは岩波書店だけだったわけですが。こちらの発行が1953年。創作物単体の著作権は基本的に発行後50年で消滅しますんで…今年1月に著作権が切れてしまった、と。

例えば今年(2005年)の今日・5/26に何か創作物を発表したとして…それから50年後だと2055年の5/26になるんですが、計算がややこしくなるので一律「次の年の1/1から」としてしまうようになってます。つまり今日発表したものは2006年の1/1から著作権保護50年の計算が始まる、ということになります(もちろん、2006年1/1から保護が始まる、とかそういうことではありません。著作権は創作した段階で自動的に発生します)。
ただ、どうも↑の場合は何か事情があったようで。どうにも計算が合わない…。
なんだか難しそうですが、よく考えてみれば「造ったモノは造ったヒトのもの」というだけことで、それを保護する期間がありますよ、ということだけで。ただ判断が難しい場合がある…ということです。例えば写真とか。

で、サン・テグジュペリは1944年7/31、飛行中に行方不明となってしまっています。後に遺品、とされたものも発見されているのですが…。著作権に関して言えばこの時点(1945年)から「死後」になってしまうんでしょうか…なんかイヤですが…基本的に「死後50年」で著作権は消滅します。だから現在「星の王子様」原作に著作権はない…というわけにはいきません。
国によって年数が違います。日本は50年ですけど、フランスやアメリカは70年後に消滅、となってます。一説にはアメリカの著作権消滅の期限は少しずつ延びて行ってる、という話もあるんですが。なんだか鼠関係で。
…というのは、まあ、いいんですが…日本語訳の方は著作権切れ、原作はまだ著作権が残っているという状態のようです。でも、まあ、訳本てのは原作側との調整次第でいくらでも(ってこたねーか)出せるわけで。こういうところ、何か他にも事情がありそうです。

新しい日本語版…。
個人的にはちょっと昔っぽい訳の方が雰囲気出るんではないか、とは思うのですが。シャーロック・ホームズなんかあちこちから出てますけど(作者:コナン・ドイル:1989-1930)いかにも戦前、といった古臭い訳し方の方が好きです。でも…それとは別に色々な訳も見てみたいような。ちょっと、複雑です。

05:45 PM | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック