« 経年劣化は・・・ | トップページ | 再燃ではなく »

02/21/2021

学校で終わりの人生じゃない

学校現場で消えゆく「あだ名」呼ぶ賛否(Yahoo!:読売)。賛否、と言うか・・・一種異様な世界だ、というのはコレ定めた側は誰も思わなかったのだろうか・・・。
もちろん教室の、それも授業中に・・・とかそんな時には「さん」でも「くん」でも(こっちもイカンのだとか?)付けた方がいいと思いますがそうでもないフツーの時にあだ名も何もない、というのは・・・やはり異様だと思うのですが。
どっかのデストピアものにでもありそうであります。全員を一律に捉えて一律に行動させて思考を統一させる、とか。

こういうのは前にも「徒競走で一位二位を決めずに皆で手を繋いでゴールする」「勝ち負けの付きそうな競技は全部却下」「テストも順位を公表しない」などの「???」な方策がとられてきたりしましたが。あれは結局どうなったんだか・・・。
「いじめは『差』から起きる。だから『差』を消すように律すればいじめはなくなる」という・・・一種宗教めいた思考はまだまだ残っている、ということなのでしょうか・・・。

それに学校であだ名をなくしても結局社会に出ればあだ名は付くし競争にも巻き込まれるもので。人生のうちほんの数年ですが、若年期の経験は非常に有効であります。・・・先に学校で予防接種のごとく経験させておいた方が後々のためにもなる、と思うのですが・・・?

12:02 AM | 固定リンク