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01/23/2021
おおがきやこう
・・・この名を聞いて懐かしい、と思う方はちょっと年喰った人たちかと・・・。
臨時夜行快速「ムーンライトながら」運転終了へ(Yahoo!:乗りものニュース)。平成8年(1996年)までは「大垣夜行」と呼ばれてました。なんで「大垣」か、と言えば東京駅を夜遅くに出て、翌朝くらいに岐阜県は大垣駅に到着する「夜行鈍行」でした。寝台なんかないんです、ただの座席に・・・いや、ヘタすると座ることもできずにドア付近のちょっとしたスペースで何とか目を閉じる、とか・・・まるでどこか別の国の鉄道のような話がごろごろしていた電車でした。
自分は関西圏の学校に行っていたので、帰省する時によく使っていました。青春18きっぷで。それでも、自分らよりちょい上の世代になると「乗る前に並ぶ時間がしんどかった」「ウォークマン、あれはいい。電池たくさんいるけど」とかそんな話すら伝わってました。
自分の頃はそこまで並ばずとも(とは言っても2,3時間は並んでたような)何とかなってましたし。しかしたしか車内は禁煙だったので、どっかの駅に停車すると、皆が争って外へ出てすぱすぱやってた、ような。・・・当時はまだ禁煙じゃなかったんです、駅は。
食い物にも難儀してました。・・・車内販売なんてないですし。当時はコンビニは「高い」ものでしたし。たしか大垣駅前に売店か何かあったような記憶がありますが・・・それよりも自分で作った方が安い、とテキトーな弁当作って持って行ったりしてました。まあ・・・大抵は電車の中で寝ちまうんであまり意味のないものではありましたが。関東の実家に帰省すれば腹いっぱい食わせてもらえたのですし。
しかし、その後引っ越しして・・・関東に出戻って。その頃にはもう「ムーンライトながら」になっていて・・・え、全席指定席なんか、え、なんかキレイな電車やのう・・・とか思ってるうちにそっちには乗らずじまいになってしまいました・・・。
時代の流れであります。まだまだホンネではJRにはもっと「生活列車・生活電車」を走らせて欲しい、というところはあります。住民の足としての鉄道。しかし世の流れは「豪華な列車」「電車で豪華な旅を」と、そういうものであります。そんな中で(乗らなくても)「ムーンライトながら」は最後の生き残り、といった観があったのですが・・・仕方ない、と言えば仕方ない話であります。
もしかしたら今後、何十年とか経ったら「豪華な電車なんかいらない」的な世の流れに戻っている、かも知れませんが。そうなった時に「かつてはこんな列車が走っていて、カネのない連中がみんな使ってて・・・」とか、そういう伝説になって残っていたら、ちょっと、面白いかな・・・とかそんなことも思ってしまいました・・・。
01:30 AM | 固定リンク