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06/17/2019

こうきしん

「勉強感」より面白さ、児童科学書がヒット(Yahoo!:産経)。・・・むしろなんで「本を読む=勉強」というのが前提になっているのか、その辺がかなり疑問なのですが。
親の「本を買い与える=子供に勉強させるから」という公式?も、ちょっと。そもそもなんで「本を読む=勉強が好き=賢い」ということになるんだろうか、と。
本来の意味での「学問」というのはオノレの知識欲を満たすものであって、受験に役立つとか将来のため、とかそういうもんではなかったのですが・・・いわゆる受験戦争が真っ盛りになってからこっち↑こういう図式が当てはまってきているような気がします。

・・・知らないことがあるって、楽しくて・・・怖くないですか?

いわゆる専門家の知識量や探学心というのは一種異様なほどに激烈なものがあります。そこには「立身出世のため」とか「何かの役に立つため」とかそういう小賢しい理屈は一切なく。ただ・・・「あれはなんでこうなってるのだろう、知りたいなあ」という単純で純粋な好奇心からのみの行動や活動であります。
そしてこういうのは年齢が低ければ低いほど活発であります。・・・そこへもってきて↑のような図鑑、となれば。それは大変に好奇心を刺激して次へ、そしてもっと、と進んでいくはずのものなのですが。

なんで・・・しばらくすると「そんなの何の役に立つのか」とかそういう認識になってしまうのかなあ・・・。
学校での「勉強」や即座に役立つナニカでなければそれは無駄な知識であり、即刻投げ捨てるべきだ、というのは今に始まった年齢が上の人たちの考えではなく。いつの時代もあるものなのですが・・・それが↑のような「児童科学書」といったくくりにも表れているような。・・・面白いなら40代や50代でもそれ以上でも読んでいったらいいわけで(老眼なんでその辺にはご配慮を)わざわざ「児童」と付ける意味もないような。

知りたい、と希求する好奇心は誰にだってあるはずのものであり・・・そこには年齢も立場も何も関係ないはずなんですが。・・・そういうとこを取っ払えば色々と変わっていきそうな気もするんですが・・・いかんせん、これはある意味人間が年喰うと背負うべき宿命なのかも、とかそんなことまで思ってしまったりして・・・なんかもったいないなあ、と・・・。

12:58 AM | 固定リンク