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12/25/2018

選択肢としてはアリかもですが

某関連企業にはあまりいい顔されないような。
平成とともに「年賀状じまい」終活背景に(Yahoo!:神戸新聞NEXT)。たしかに平成という時代が終わるわけですし、ちょうどいい?機会?ということで「もう年賀状やめます」というのはアリかも、とは思うのですが。
今はPCで結構ラクにできますが。かつては全部手書きだったわけで。それはそれで「時代」というあ見方もできますが・・・それが当たり前だった頃もあったわけです。
しかし今はそうもいかず。・・・実際にはかなりの重労働であります。かつての頃は結構大人数でやってたんじゃないか、と思いますが・・・昨今の老夫婦二人で、というのはちょっと難しいケースもあるかと。

さらには「出す・出さない」という選別作業?もなかなかに大変ですし。・・・喪中、とかそういう事情があるならまだしも「コレ誰だっけ」とかそういう場合は・・・しかし記憶ないからやめようか、というわけにもいかず作業量が増えていくわけであります。
実は親族で「年賀状じまい」やった人がいるのですが・・・「今年で年賀状やめます。返事も結構です」とかなり前に送ったのにも関わらず毎年年賀状送って来る人、というのは少なからずいるものなのだそうで。
多分「作業」と化していて住所も何もチェックせずにただただ流れ作業のように出し続けているのだろうなあ、と。それはそれで・・・なんか悲哀を感じる話だったりします。

ところで・・・個人的にはこの「年賀状じまい」若年層がやってもいいんでは、と思っているのですが。
無理に出す必要、あるだろうか・・・? ということであります(某関連企業には悪いですが)。忘年会とかそういうのも見直されてきている昨今であります。「ナントカなんだからカントカしないといけない」という感覚、それはそれで残しつつも全員がそれをやる必要はあるのだろうか? という議論と言うか発想と言うか、そういうのが必要になってきてるのではないか、と・・・?

02:05 AM | 固定リンク