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02/09/2018

必要ないとは言いませんが

先にきちんと日本語やっとけよ・・・。
北九州市など、小学英語授業本格化を2年前倒し(Yahoo!:西日本新聞)。すでに現在でも「小学英語」は実施されていますが、これはまだ「特別授業」的な立ち位置であります。これが2020年度には五・六年生が通知表の対象となる授業・・・つまりは普通の教科、ということになります。
・・・まあ、国際化・グローバル化、ということでの「英語の必要性」というのは分からんでもないんですが。
これを小学生の頃からやって、それで日本語はどうなるんだろう? というのが個人的なとこであります。多少発音が悪くたって文法がちょいアヤシくても通じるもんは通じるもんであります。・・・もちろん、専門的な解釈であるとか仕事上で・・・という場合はまたちょっと事情が違ってきますが。
日常的に会話する程度ならどーにかなるんでは・・・と。相手は鬼でも天狗でもない、同じ人間なのですから。

しかし実際のとこ。「英語の授業」というのは(正規には)中高6年間やってるわけです。
「それだけやってなんでそんなにしゃべれないんだ?」
と英語ネイティブの人が驚いた、という話があったりしますが。これは長いこと「書き・読み」強化の授業ばっかりであまりしゃべったり聞いたりしてなかったからだ・・・ということになっていました。一説には明治期の頃には学校の教科書もまだ英文が多く、その教科の授業やる前に和訳しないといけなかったからだ、その流れが昭和以降も続いたからだ・・・とかそんな話もあります。
それはともかく。最近は逆に「聞く・話す」がメインになってきているとか。それはそれでたしかに国際化の波に乗り切れるだろう、という向きもあるんですが。

その前に「ガイジン」意識、と言うか。最近は大分薄まってきたように思えますが・・・「ガイジン」と会うと身構える、意識してしまう・・・的なところから改善すべきではないか、と。
こういうのは年齢が低いほど順応しやすいので、幼児期に海外の人と触れ合う、というのはたしかに国際的な感覚を身に着ける一助にはなります。が・・・コレ、実は諸刃の剣というやつで。海外の人や情報の方が良い、と感じてしまうと今度は一気に日本への興味が失せていきます。
・・・いや、失せるだけでなく。なぜか・・・日本を「下」に見るようになったりします。
海外から帰ってきた、という人に何人か会ったことあるんですが。うち何人かは明らかに「海外かぶれ」でありました。・・・それも鼻につくとかそういうレベルでなく。無理に日本に帰って来なくてもいいよ、あなたの崇拝しているその国へとっととお帰り・・・と言いたいほどに。


この手の話は特に戦前に「あっち」へ行った人の旅行記なんかにはよく出てきます。が・・・現代だってそう変わったもんでもありますまい。アレを量産しちまうんではないか、というのはちょっと考えすぎでしょうけど・・・なんか、ちょっと不安ではあります。

01:05 AM | 固定リンク