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01/17/2015

『20年』

阪神・淡路大震災、20年・・・いまだ癒えぬ傷跡(Yahoo!:毎日)。「20年」を「10年一昔」としてしまえば「二昔前」ということになってしまいます。だけど・・・そんな「昔」の話ではなく。まだ続いている「今」の話であります。
阪神・淡路大震災(Wikipedia)

前にこの「あれこれ」でも触れましたが、当時の自分は関西方面にいて・・・地震を経験しました。いや、被災したとかそういうのではなく朝方に大きな揺れを感じた程度です。
元々関東出身なので「ちょっと大きいな」と感じた程度だったのですが周囲の人たちはかなり慌てていました。・・・実は当時の関西方面では「こっちで地震なんか起きるわけない」というのが常識でありました。関東の学校では当たり前にやっていた避難訓練なんかやってもおらず。防災ずきんが座布団代わりだったんだよ、という話をしても「なんだそれ」という反応。
それが・・・大きく変わった瞬間であります。

そして、友人(大阪出身)の「見るだけ見て来いよ」の一言で・・・当時、自分はちょっと色々あったんですが・・・別に縁者や友人がいるわけでもない兵庫区へ行くことになりました・・・。

衝撃でした。帰省の時に通っていた山陽本線もズタズタに。何より「街」が。

ほんのわずかの期間でしたが、お手伝いもさせて頂きました。様々なこともありました。そして、色々な貴重な経験もさせて頂きました。自分が今も下手くそな文章書き続けているのもこの時の「衝撃」が一因になっています。・・・なんだこれは、という、衝撃。
もし、あの時地震が起きなければ、起きても現場へ行っていなければ自分は今とは違った人生を歩んでいると思います。その方が良かったのかどうかは分かりません。ただ・・・今のような心境になることはなかったのだろう、と。

まだ終わってない、と言うより終わりはないかも知れません。でも、安らぎを願ってやみません・・・。

05:47 AM | 固定リンク