« 安くなる安くなる? | トップページ | やってはいないのですが »
09/08/2014
五十にして何とやら
人格は50代になっても成長する(@nifty:マイナビウーマン)。・・・そうなんですかねえ、成長する人は成長しそうですけど・・・そうでもない、自意識も自我も対外認識も何もない50代はそのまま鈍化していきそうですが。
ただ・・・「つまり、中年期に一番精神的に安定する一方、高齢者の精神的安定度は若者たちと同様レベルまで下がる結果となりました」(「」内↑記事より引用)というのは・・・いやしかし、どうなんだろうかな、個人差はありそうですけど・・・そういう傾向はあるのかも・・・?
まあ、古来より老人は頑固なもの、とされてきましたが。
この「老人」という定義もまた不可思議なものであります。「人生五十年」とかそういう時代には50代でも「老人」なわけでプラス20年で「そんなに生きたんかい」と言われるほどになるわけであります。そういう時代では今ほどに頑固でなかったかも知れません。
今は健康状態も改善されて50代程度では「老人」と見なされなくなってきています。
それはそれで喜ぶべきものなんでしょうけど。一説には人間は40代くらいまでが自然的な寿命で(高齢出産が命に影響を与えたり各種の健康被害が起き始めたり)それ以降まで生きるものはなかった、とか。実際、人間のこれまでの歴史というのは飢えと恐怖に満ちたものであり・・・たかだか数百年ほど前に「安定」を手に入れてから今のような長寿命・健康的な生活を多数が手にするようになってきています。
・・・ダイエット? そもそも人間は発生当時から飢えることが当たり前だったんであって、今のように食べたいだけ食べられる、なんてここ百年ほどの話だったりするんですが。
その「長寿」の肉体に精神が追い付いていない、という話もあります。昨今の老人の精神と肉体のアンバラスさとか。その辺に原因があるとしたら・・・あと数百年、では足りませんか。数千、数万年もすれば「合った」年寄りが出てくるのかも知れません。
・・・その頃まで今のようなニンゲンが存在しているのかは分かりませんが。
あるいは・・・「余裕」ですかね。余裕があればそんなにガサツにならないのかな、とか思いますが・・・いずれにせよ今の日本のご老人は・・・なんか余裕なさそうな・・・?
02:12 AM | 固定リンク