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01/20/2014

みらいのくるま

しかしよく考えてみたら一番の問題は受け入れる側の「人間の意識」なんじゃないのか、という・・・。
「自動運転車」構想が各社盛ん(Yahoo!:SankeiBiz)・・・運転するのは人間ではなく「クルマ」ということであります。その方法はいくつかあるようですが(信号情報などと連携する型や自律走行型などなど)基本的に人間は何もせずとも目的地に着いてしまう・・・。
たしかに実現できれば「すごい」ことなのでしょうけど・・・実際には問題はまだまだ山積みであります。

まず・・・法整備。
道交法で認められてない、というのは改正すればいいわけですが・・・それがカンタンにいくのかどうか。海外でも一部条件付きで認められている、とかその程度であります。まず日本が・・・というのはなかなかに難しそうな。
対して。技術的な問題、というのはどうにかなりそうな勢いではあります。が・・・自分が最も気になっているのは「利用する人間の意識」なんではないか、と。

単純な話で「明日から自動自律型の自動車にするから。便利だぞ、これは」とか何とかそういうことになって、いきなり自動運転車に乗ることになって・・・もちろん免許持ってても自分では運転できない・・・そうなったら果たしてすんなりと受け入れられるもんでしょうか?
例えばスマホや携帯。生まれた時からそういうもんがある今の学生世代にとってはなんなく使いこなせるツールではありますが・・・人生もしばらく経ってから目にした世代なんてのは今でもスマホや携帯に苦手意識がある人が多かったりします。
これまでクルマは人が動かすもの。その「意識」を完璧に打破してしまうわけです自動運転車。その違和感や拒絶感はスマホの比ではない、と思うのですが・・・?

果たして安全に運用できるのだろうか、事故った場合はどうなるんだろう。・・・そして必ず出てきそうなのが「クルマが勝手に動く、反乱が起きたらどうしよう」とかそういう懸念。
実験を繰り返し、公道走行が可能になれば少しずつ触れていけることになります。が・・・それがどこまで「ヒト」の意識に浸透していけるのか。・・・そういうとこの方が、法整備とか技術面とかより・・・なんか、気になってしまうのです。

02:01 AM | 固定リンク