12/26/2013
めりくりは誰のもの
日付としては昨日ですが。
アメリカで続く「クリスマス論争」宗教をめぐる価値観の対立(Yahoo!:AFP=時事)。「クリスマス」とはそもそもイエス・キリストの誕生日とされ、その生誕を祝うキリスト教の祝日・・・だったはずであります(もちろん歴史的に、ということ言い出したらキリありませんが)。当然キリスト教徒の多い国では祝祭ムード・・・アメリカもそうだろう、と思われがちなんですが。
建国の頃にキリスト教徒・特にプロテスタントの一派が移住してきたこともあり、その当時からキリスト教色の強い国家ではあります。しかし・・・住んでいるのはキリスト教徒だけではない、というのもまた事実であります。
日本でもそうなんですが・・・政治と宗教は分離すべき、繋がりを持つべきではない、というのは明確に示されています。そのため政治に携わる者が「メリークリスマス」と言っていいのだろうか、ということになってきてる、というのは理由の一つなのですが・・・。
宗教によってはキリスト教と相容れないものもあり、そういう宗教からすればクリスマスを祝うなんてとんでもない、ということになります。・・・こういうとこ、アメリカらしいと言えばアメリカらしい、という気もします。
でも日本では・・・そこまでの風潮はなく。そもそも戦後の高度経済成長期に「くりすます」という行事?が持ち込まれ、世界的にも奇妙な宗教風習が出来上がってしまいました。・・・つまり、12月の25日にはクリスマスを祝い(キリスト教)1月の正月にはお寺(仏教)や神社(神道)に初詣に行く、と。さらに子供が生まれると神社にお宮参り(神道)に行くのに死んだらお寺(仏教)でお葬式が一般的、と言う・・・。
「神」に対する認識が違うからだ、という説もありますが(キリスト教は一神教だけど日本古来の神道は多神教)それにしてもたしかに節操ないなあ、と言われたらそれまでのような気もします。宗教に対して真剣でない、という言い方もできますが・・・その辺が国民性なのかも知れません。
そのためか↑アメリカではこういう宗教論争が・・・と言われてもなんだかあまり実感できてなかったりして。世界では宗教による対立で様々な不幸が起きているのですけど、日本は何と言うか・・・そういうとこ、鈍感になってしまうもんなんですかねえ・・・。
02:02 AM | 固定リンク